第18話 やられたら反撃を

 用件が済むと王都の屋敷に戻る。


「……本当なのでござるか?」

「なにがだ?」

「バアル殿の領地以外ではイドラ商会の魔道具が使えなくなるというのは」

「もちろん、本当だ(正確には使えなくする、だがな)」


 あの時の殿下たちの表情を思い出して少し笑う。








『どういうことだ?!魔道具が使えなくなるとは?』

『いえ、イドラ商会が営業停止になるので、無駄な費用の削減のため魔道具を作成する場も閉じなければなりません。その際にすべての魔道具の根幹を担う装置も停止させるので売り出された魔道具は遠くないうちにすべてが使用できなくなります。ああ、私たちは個人的に使うのでゼブルス領では魔道具に支障はありませんよ』


 魔道具の有用性は数年前から知れ渡っている。そしてそれがゼブルス領以外で使用停止となればどういった事態になるかは予想がつくだろう。そしてこの話を聞いたエルドは軽く挨拶してすぐどこかへ向かっていった。








(魔道具を作れば莫大な富を得ることができる、けどそれは同時に敵も集めてしまうのは明白。そんな状態で対策をしていないわけがないだろう?)


 いわゆる制御装置をすべての魔道具に埋め込んでいるので遠隔操作ですべての魔道具を停止できる。


 もちろん、普通ならそこまで懸念するべき案件ではない、だがこれがライフラインに関わってくるなら問題が出てくる。


「それでも多少混乱はあってもすぐに元の生活に元通りでは?」

「いや、元通りになったら困るから、あわてている」


 なにもイドラ商会で開発したのは小型の家電だけではない、大量に食料を保存するための冷蔵と冷凍装置、飲み水が少ない地では汚い水をろ過する浄水器、夜を照らす街灯、寒冷地ではセラミックファンヒーターなどなど多種多様に開発している。


 それが止まればどうなるか。


 今は冬だから食料の保存は問題ないとしても夏になれば腐敗しやすくなり、今ある水が飲むことすらできなくなる地域もある。暖を取るためではなく町を照らすために冬に貴重な薪を費やし、暖房が利かなくなったら凍死する人も出てくるだろう。


 さて、本当に止まっても困らないと言えるだろうか。


「さて、リン、急いでゼブルス領に戻るぞ」

「忙しいでござるな……」

「いや本当に忙しくなるのはこれからだ」


 俺たちは即座に馬車を出しゼブルス領に戻る。


(これから面白い展開になりそうだな)








 ゼブルス領に戻るとすぐさま父上の執務室に入る。


「父上、今すぐ領内の警備を増やしてください」

「……また急になんだ?」

「………」


 今日は珍しく普通に執務をしていた。その様子に思わず何かないかと部屋の中を一周見渡す。


「おい、普通に仕事をしているだけだろう」

「そんなことより、急いで警備を厳重に」

「そんなこと………」


 何もないと分かるとすぐさま本題に入り、王都で何があったかを伝える。


「おいおいおいおいおいおい」

「ということで兵士を増やしてください、主にイドラ商会関連を重点的にお願いします」


 必要な書類を父上の机に置き、サインを求める。


「わかった、わかった。ただし、完全に国との対立は避けるんだぞ」


 そんなのは言われなくてもわかっている。


 ただ


(あちらの対応次第では、どう出るかは保証しないがな)








〔~???~〕



「ここがそうなのですか?」

「そうだ」


 とある宿で目立たない服装をした2人組がとある商家を見ながら話をしている。


「しかし、なんでこんな普通の商会に我々が?」

「俺たちが動かされていることから相当な案件が起きているのだろう」

「そのとおりだ」


 扉が開き、もう一人が合流する。


「隊長、今回はどんな問題が起きたんですか?」

「あの商会のことは知っているか?」

「イドラ商会でしょう?」

「え?!あの最近有名な!?」

「そうだ今回のターゲットはこの商会のどこかにある物だ」

「それだけでは…もっと情報は無いのですか?」

「それより!なんでイドラ商会が対象になっているんですか?」

「国からイドラ商会に営業停止勧告が届けられたのは知ってるか?」

「え?!」

「なぜ?」

「簡単に言うと経済闘争だ、知っての通りイドラ商会は魔道具でその富を築いた」

「有名ですね、若き商人達からしたら最もあこがれている成功の話ですよ」

「ああ、でもその富を羨む者たちがいる」

「なるほど…大体の流れはわかりました、でも肝心の部分のが不明なのです」


 なぜイドラ商会を対象にしたのか、が謎なのだ。国から営業停止の命令が出たなら既にできることは無いはず。


「……少し前に、ある情報が入ってきた」

「その情報とは?」

「簡単に言えばイドラ商会が営業停止にされれば、ゼブルス領以外の魔道具が動かなくなるとのことだ」

「「!?!?」」


 三人は仕事柄どこにどんな施設があるのかを把握している。もちろん中でどんな魔道具が運用されているかも承知している。


「すでにいくつかの領地で魔道具が停止している」

「では……」

「ああ、情報が正しかったんだ」

「国ではイドラ商会の魔道具が数多く出回っています、その魔道具が止まったとなれば」

「それに~その命令を出したのが国からの営業停止勧告だとしたら、非難ごうごうですね」

「ああ、だから国は魔道具の根幹を担う装置を回収したいのだ」

「納得です」


 三人はイドラ商会を見あげる。


「ですが、俺たちはどの魔道具なのかしりませんよ?」

「ああ、だから知っている人物からまずは聞き出す」

「知っている人物とは?」

「……この情報を持ち込んだ人物、バアル・セラ・ゼブルス。公爵家の嫡子でイドラ商会の会長だ」

「あれ?ゼブルス家の嫡子って今年話題になっていましたよね?清めの時にユニーク持ちだとわかったって」

「そうだ、その嫡子がその装置のことを話したのだ」

「すごい子ですね~……あれ?この問題って国が営業停止を取り消せばいいだけじゃ?」

「国がそんなことできるわけないだろう」

「そうですね、しかも国に要請して圧力をかけたのはあの教会ですからね」

「まぁそういうことだ、今夜、バアル・セラ・ゼブルスの屋敷に忍び込み拉致する」


 三人は気を引き締めて夜まで解散となった。

















 太陽が沈み月が輝く頃、とある屋敷の屋根に三人の影があった。


「……それじゃあ侵入するぞ」

「「はい」」


 黒い服装に顔が見えないようにマスクを付けた三人は侵入を開始する。屋敷周囲の警備は厳重ではあるのだが、三人の内一人は侵入に際するときに役立つ稀有な能力を持っており、屋敷の外にいる見張りを通り抜けて侵入することが出来ていた。


 音がしないように窓を開け侵入するのだが、屋敷の中には見張りは居なく無人に思えるような静かさだった。


「なんか不気味ですね」

「警戒しろ、公爵も馬鹿ではないだろうからな罠などが仕掛けられているのかもしれない」


 そうして館の中を進むのだが罠すらなければ人の姿すらない。屋敷の外側には何人もの見張りや門番などがいたのだが、屋敷内は打って変わり何の警戒もしていないようにしか見えなかった。


 いくつかの部屋を進むと、前の方向から足音が聞こえる。一人がハンドサインを伝えるとすぐさま三人は隠れる


「うう~」


 やってきたのは一人の少女だ。服装は基本的な侍女の格好なのでおそらくそのままだろう。


「ひどいですよ!私怖がりなのを知っているのに!一人で行かせるなんて!」


 少女は怖がりながら誰かに向かって文句をたれ続けている。


「「「…(コクッ)」」」


 そんな少女は三人のすぐそばを通ってしまう。


「……動くな」

「ヒッ」


 一番近い一人がクビにナイフを突きつけながら口をふさぐ。


 拉致して、話を聞こうとすると、奥から足音が聞こえてくる。


(……チッ)


 拘束した一人が即座にメイドを気絶させて、再び隠れる。


 さすがに人を抱えながら隠れるのはリスクがあった。だったら気絶させて気を逸らす餌にする方がいいという考えからだ。


「大丈夫ですか?」


 現れたのはさらに年若い黒髪の少女だった。


(………あれくらいなら)


 一人がメイドに気を取られている間に背後を取り、身動きを封じる手筈なのだが。


「…侵入者でござるか」


 少女は死角で見えないはずなのに、その一人の方を見据えている。


「出てきはせぬか」


 チャキ!


 不自然な音が聞こえると嫌な感覚が三人の背を伝う。


(……ここは撤退だ)


 隊長であろう人物は三人に合図を出して館から撤退する。








「逃げたでござるか」

「…ん、ん~?あれリンちゃん?……あれ何で私は……」

「怖がりすぎて気絶したのであろう?」

「へ?……そんな!!!!」


(この人を放置するわけにはいかないでござるな)


 三人については館から逃げていくのが察知できたため、護衛を逸脱しない範囲で侍女を部屋へと戻しに行く。












 三人は急いで館からと離れる。


(あそこまでの感覚は久しぶりだな)


 なぜ三人がこんなに簡単に撤退したのか、それは三人とも【危機感知】というスキルを持っているからに他ならない。そのため相対した時にどれほど危険な相手か理解できてしまった。


「……やはりそう簡単にはいかないか」

「そうですね、あの少女に場所を知られてから生きてる心地がしませんでしたよ、それで鑑定の結果はどうだったの?」


 一人は鑑定のモノクルを常備しているだろう仲間に尋ねる。


「……あれは英雄の一歩手前だ」


 男は重々しく口を開いた。


「……おそらく今回の最大の障害はあの少女になるだろうな」

「でもどうしますか?」

「少女の動向を調べましょう、そうして屋敷にいないタイミングで忍び込みませんか」

「……だめだ、この任務は早急にという条件が付いているのだ」

「では囮を使いませんか」


 三人はどうやって目標を捉えるかを考えるのだが




「残念だけどお前たちのやりたいことはできない」




 突然、三人を囲むように青い光が照らされる。


「どこだ?!」

「……あそこだ」


 指さした先には黒いコートを着込み、頭を覆い隠すマスクをしている。


「お前は誰だ?」

「名前を尋ねる時はまず自分からって母親から習わなかったか?」


 三人はそれぞれ武器を取り出し、急に現れた男を警戒する。


「……もう一度聞く、お前は誰だ」

「そうだな、しいて言えばゼブルス家に組する者とだけ言っておこう」


 ドサッ


 三人は急に膝を付く。


「何が?!(力が入らない!?)」

「さて、なぜでしょう」


 マスクの男は小ばかにしたように三人を見下ろす。


「フっ!」


 唯一の女性が懐から取り出した瓶を地面にたたきつける。


 瓶が割れると中にある液体が煙を発して三人とマスクの男を飲み込む。


「逃げるぞ!!!」


 声が響くと三人は別々の方向に逃げ始めた。















「はぁはぁはぁ」


 女性は、急いで町まで戻ることができた。


(何アレ、屋敷にいた少女よりも恐ろしく感じたわ)


 手配していた宿に隠れると、仲間からの応答を待つ。













 それから夜が明けて、日中まで宿で大人しくしていたが仲間からの連絡はなかった。


(……逃げられなかったのかな)


 嫌な考えが頭の中を泳いでいる中でも、人の体は正常に活動する。


 グゥウウ~~~~


「おなか減った…」


 女性は宿に備わっている酒場で食事を取ろうと部屋から出た。


「いらっしゃい、嬢ちゃん注文は何にする?本日のおすすめは猪のワイン煮だ」

「ではそれを一つ」


 お金を払いご飯にする。


(うっま!ここのご飯!うっま!)


 女性は初めて食べる料理に夢中になっており……


「初めまして、お姉さん」


 周囲の警戒が緩んでしまった。


「……えっと、貴方は?」


 急に対面に座ってきた子供に動揺し反応が遅れてしまった。


「ああ、これは失礼。俺はバアル・セラ・ゼブルスと言います」


 女性は石化したかのように固まる。


「お姉さんは魔道具を使っていますか?」

「え、ええ」

「便利だと思いませんか?もしそれが止まったら前の生活に戻るのですよ、考えられますか?」

「………」

「仮に国の指示で魔道具のすべてが使えなくなるとしたらどうなるでしょうか?」


 目の前の子供はまるでネズミを弄ぶ猫のような表情をする。


「自らの非を認めようとせず強硬手段に出る、いかに面子が大事であっても心証を悪化させるのには十分な理由になると思いませんか?」

「あの、何を言っているのかよくわから」

「ああ、とぼけなくていいから、国に仕えているお姉さん」


 目の前にいるこの子は彼女たちがどのような立ち位置にいるかを知っている。そうでなければこのような発言はできない。それを女性は理解してしまった。


「あなたの雇い主に伝えてもらえますか、この件はお前たちの指示に応じたものです、とね」


 女性とその仲間が国の指示で動いているのを知っていてこの言葉を吐く。国側が出した勧告の結果なのだからと、だがそれは裏を返せば勧告を取り下げれば問題は解決するということを示す。


 女性がその言葉の意図を理解したのを確認すると少年は席を立つ。


「ああ、それとだが、実は昨夜、我が屋敷に侵入者がいた」

「……」

「数は三人いて、そのうちの2人は捕らえたが残り一人は取り逃してしまっていてね、現在も捜索中だ」

「っっっっ」

「本来なら処刑するのだが、その二人はそれなりの技能を持っていて殺すのは惜しくてね、どうすればいいのだと思う?」











〔~バアル視点~〕


 俺は宿から急いで逃げていくあのお姉さんを見送る。


「思い切って宣戦布告しましたね」


 宿の傍で控えていたラインハルトが話しかけてくる。


「最初はあちらが手を出してきた。俺は反撃しているに過ぎない」


 どのような意図があれ、最初に営業停止勧告を突き付けてきたのはあちらだ。なのに営業をやめれば魔道具が使えなくなると知り、あいつらを送り込んできた。


 嫌な印象を抱くな、というのが無理な話だ。


「今後はどう動くおつもりで?」

あちらの反応待ちだな、なにせ水面下ではやりあっているが武力行使をするわけにもいかない」


 魔道具が動かないだけで軍を動かすわけにはいかない。仮に動いてしまったら双方とも甚大な被害が出ることになる。


 だが軍が動く場合はよほどのことがない限りはないとみている。理由は、今回のことで軍を上げるなら他の家が持っている王家の抑止力が機能しないことの証明になってしまうからだ。いくら王家が国で一番力を持っているからと言っても、それを抑止できる力がないわけではない、むしろ力を持つ家は何かしら持っているのが普通だ。


 ほかに軍隊という暴挙を許してしまえば、王家はよそ様の家の懐に手を入れる卑しい家だと自ら宣伝していることにもなってしまう。


「それにな、案外早くに解決すると思っている」

「そうなのですか?」


 王家はかなり焦っているはずだ。なにせ現在も魔道具は次々に停止していっている。その中にはライフラインに関わる魔道具も当然存在しており、それが止まる前にケリを付けなければいけない。


 だが今回のことで俺達も警戒を強めることになる。となれば今回のような人知れずということはまずできなくなった。


 では今度は正攻法で攻めようとするが、こちらは停止したくない魔道具を命令で・・・仕方なく停止させているのだ。落ち度は国側にしかない。


 長引かせることは後々の影響でまずできない。となれば短期的だが、表面上はこちらに落ち度がなく何も攻める部分がない。では裏側で、ということだがゼブルス家は警戒を強めてこちらも望み薄。


 となれば残る手段は一つ。


(理性があるならすぐに解除されるはず、そのためにあの女性をメッセンジャーとして見逃したのだから…………だが)


 意図をくみ取れずに短慮な行動に出たらその時こそ容赦しない。

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