第4話 『清め』という名の顔見せ

 無断外出を受けて半月後、俺は馬車に揺られ王都に訪れていた。


「それで父上、他に誰が清めを受けるのですか?」


 王都へ来た目的は10歳になったら行われる『清め』という教会の洗礼だ。


「今年は第一、第二王子がともに受けることになっているな」


 この国の王子は二人とも俺と同じ年に生まれている。そのためこういった年次の行事では比較的に顔を合わせやすい。


「ほかにはグラキエス侯爵家の令嬢もおるな。ほかにも武で有名なアスレト伯爵家嫡男、魔術で有名なグリスバ子爵家などもいるみたいだな」


 当然ながら注目されているのは王子だけではない、名がある貴族も対象となっている。


「そうだな、貴族の間ではこの年は黄金期だと噂されているぐらいだぞ」

「………ほかの年も黄金期とでも言われているのでは?」

「…………」


 ありがちな話題を出すと父上は何も言えずに外を見続ける。







 そんな会話をしていると王城よりも少し小さいくらいの建物についた。


 教会はまるで王城に張り合うように建てられている。わざわざ王城と対比できる位置にあるのは、国で二番目に偉いということの示威行為なのだろう。


「金あるようですね」

「っっ、ほかの奴らに聞かれないように」


 俺の言葉に父上はすぐさま反応する。なぜこんな反応をしたのかと言うと、俺の言葉の裏に俗物的と揶揄していることに気づいたからだ。


 そのまま手を引かれて中に入ると結構な数の親子が集まっている。


「全員貴族の親子ですか?」

「そうだよ」


 俺たちが中に入ると注目が集まる。貴族で二番位が高い公爵家の親子だ、注目を浴びないほうがおかしい。


「お久しぶりです、リチャード殿」

「おお、お久しぶりですな。グラス殿」


 中に入ると一番にやってきたのは筋肉隆々の大男だった。まるで強さの象徴のような筋肉は服の上からでも存在を誇示し、またまぶしい金髪も短く切りそろえられており、どこの誰が見ても武芸に携わっているのがわかる。顎なども髭を生やしているが荒々しさはなくどちらかというと清潔感すら見せている。


「父上こちらの方は?」

「ん?」

「ああ失礼、我が息子、バアルだ。バアル、こちらは近衛騎士団団長のグラス・セラ・シバルツ殿だ」


 目の前の御仁は騎士の中で最も偉い人ということになる。


「お初にお目にかかります、バアル・セラ・ゼブルスと言います」

「これは丁寧にありがとう、近衛騎士団団長を務めているグラス・セラ・シバルツだ」


 握手した手は固く分厚かった。


「聡明なお子さんですね」

「そうでしょうそうでしょう、この前も私の執務も手伝ってもらったくらいです」

「そ、そうなのですか」


 話を聞いていたほかの貴族たちがこちらを見ている。


 さながら公爵家の品定めをしているのだろう。


「皆様方、準備ができましたので、中にお進みくださいませ」


 準備ができたようなので全員が白で統一されている聖堂に入る。


「清めを受ける子供のみ前に出てください」

「では、父上、行ってきます」


 父上のそばを離れて前に進んでいく。











 聖堂の中に入ると多くの神官と中心に大きな水晶がある。


「では皆さん私の真似をしてください」


 神官の女性が膝をつき祈りの姿勢を取るので俺たちも真似をする。


「ああ、大いなる天におわす神々よ―――」


 長々と口上が述べられるので薄く目を開けて周りの様子を見る。


(全員退屈そうにしているな)


 周りはあくびをしたり、眠たいのか首が上下運動をしている。


 その中で真剣にやっている者たちもいて、中でも目を引いたのがとても真剣に祈っている銀髪の少女だ。


(事情でもあるのか?)


 そうこう考えていると頭に何かが振り掛けられる。


「これで皆は神々の加護が与えられた」


 洗礼を終わると体が変な感じがする。なんというか不自然に体が温まっていく感覚だ。


「おお、なんだこれ」

「すげぇこれが神の加護か」


 周囲が騒がしくなる中、俺は頭に残っている雫を手で取ってみる。


(………なるほど)


 指先で水滴を触り、においを確かめると、このからくりが理解できてしまった。






「では神の加護を確かめる、名前が呼ばれたらこの水晶の前に来てください。まずはエルド殿下」


 先ほどの洗礼が終われば本題のステータス鑑定が待っている。『清め』のメインイベントと言ってもいい。


 最初に呼ばれたのは第一王子エルド・セラ・グロウス。


 紫紺の髪に赤い目が特徴の男子だ。その顔はよく言えば思慮深そうな、悪く言えば少し陰険そうだった。


「…………」

「ではこの水晶に手を触れてください」


 王子が水晶に手を触れると空中に表示される。


 ――――――――――

 Name:エルド・セラ・グロウス

 Race:ヒューマン

 Lv:5

 状態:普通

 HP:84/84

 MP:124/124


 STR:7

 VIT:6

 DEX:8

 AGI:5

 INT:12


《スキル》

【剣術:5】【火魔法:1】【謀略:2】【宮廷作法:8】【礼儀作法:7】

《種族スキル》

《ユニークスキル》

 ――――――――――


「「「「「おお~~~~~」」」」」


 歓声が上がる。


「次にイグニア・セラ・グロウス様」

「俺様か」


 次に前に出たのは第二王子イグニア・セラ・グロウス。


 赤い髪、赤目の男子。俺様が一人称なのが印象的だ。


「ではこちらに手を」

「わかっている」


 ――――――――――

 Name:イグニア・セラ・グロウス

 Race:ヒューマン

 Lv:7

 状態:普通

 HP:98/98

 MP:75/75


 STR:7

 VIT:8

 DEX:5

 AGI:6

 INT:5


《スキル》

【剣術:6】【槍術:5】【格闘術:6】【身体強化:2】【宮廷作法:2】【礼儀作法:3】

《種族スキル》

《ユニークスキル》

【烈火ノ炎王】

 ――――――――――


「「「「「「「「おお~~~~~~~」」」」」」」」


 こっちはさらに大きい歓声が上がる。


 どうして第一王子よりも大きいのか、それの理由はとある項目にあった。


「殿下がユニークスキル保持者とは」

「これで我が国も安泰ですな」


 このような声が聞こえてくる。


 ユニークスキル持ちは相当な評価を受ける。それが王子ともなればこの反応は当たり前だ。


「次にユリア・セラ・グラキエス様」

「はい」


 呼ばれたのは先ほど熱心に祈っていた少女だ。


「では手を当ててください」

「……はい」



 ――――――――――

 Name:ユリア・セラ・グラキエス

 Race:ヒューマン

 Lv:2

 状態:普通

 HP:54/54

 MP:145/145


 STR:4

 VIT:2

 DEX:8

 AGI:4

 INT:9


《スキル》

【水魔法:4】【裁縫:7】【化粧:5】【策略:3】【礼儀作法:12】

《種族スキル》

《ユニークスキル》

【鋭氷ノ女帝】

 ――――――――――

「「「「「「「「お~~」」」」」」」」


「グラキエス家の令嬢もユニークスキルを持っておられるとは」

「いやはや、今年はすさまじいですな」


 勝算を浴びせられる中、彼女の表情はすぐれない。


「なんだよ、うれしくないのか?」

「イグニア様……」

「俺もユニークスキルを持っているから仲間だな!」

「……ええ、そうですね」

「なんだ暗いぞ!もっと笑え、そうすれば嫌なことも忘れられるぞ」

「……こうですか?」

「そうだ、笑うとかわいいんだからさ」

「………ふふ、ありがとうございます」


 暗い少女は頬を赤く染める。


 それから二人は笑いながら下りてくる。


(青春しているらしいな)


 俺は前世の記憶があるからかこういった面では爺臭くなっていた。


「次、バアル・セラ・ゼブルス様」


 名前が呼ばれたので壇上に上がりそのまま水晶に手を当てる。



 ――――――――――

 Name:バアル・セラ・ゼブルス

 Race:ヒューマン

 Lv:1

 状態:普通

 HP:86/86

 MP:245/245


 STR:9

 VIT:11

 DEX:19

 AGI:24

 INT:58


《スキル》

【斧槍術:24】【水魔法:2】【風魔法:2】【雷魔法:7】【時空魔法:2】【身体強化:2】【謀略:14】【思考加速:4】【魔道具製作:8】【薬学:2】【医術:7】

《種族スキル》

《ユニークスキル》

【轟雷ノ天龍】

 ――――――――――


「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」

「すごいじゃないか!バアル!」


 父上だけは喜んでいるが他は無反応だ。


 とりあえず何もなかったようだから下りていく。


「おい、お前」


 後ろから声が掛けられた。


「なんでしょうか、イグニア様」

「俺の配下となれ」

「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」


 イグニアの言葉で回りが唖然とする。それもそうだ、子供とはいえ王族、となれば当然派閥という物が出来上がっている。


「残念ですがまだまだ修行中の身なので、お断りさせてもらいます」


 さすがに今ここで派閥を決めてしまうのは早計なのでやんわりと断る。


「ムゥ……」

「でしたら、修行が終わったら考えてくれませんか」


 イグニアの隣にいるユリアはそう言ってくる。


「残念ながら確約はしかねます」


 そういい俺はこの場をさっさと離れる。


(イグニアは問題ないが、ユリアが厄介だな)


 口約束でも周囲には証人となる人たちがいるため無暗なことは言えない。そしてそれをわかっているからこそユリアはこの問いを行った。


「父上、俺は先にこの場を離れます」

「……わかった、だが屋敷に居ろ。夜になると晩餐会があるからな」


 父上も俺がこの場にいるのは良くないと思ったらしく許可してくれる。


(ほかの奴らの情報も見たかったけど、この状態ならしょうがない)


 その後、続々と名が呼ばれる中、俺は一人で待機している馬車の元へと向かう。


「馬車を出してくれ屋敷に帰る」


 俺の言葉で馬車が動き出して屋敷に向かい出した。













(……にしてもユニークスキルか)


 道中の馬車の中でスキルを発動させるように意識し、力を籠めると手から火花が飛び散る。


「はぁ……」

「どうかしましたか?」


 同じ馬車に乗っている執事がため息に反応する。


「ユニークスキルとは何だろうな、と思っただけだ」


 ユニークスキルがどんなものかはすでに知っている。なにせ鍛錬をする際に自身の力を把握しておかねばいけないので、普通なら清めよりも先んじて鑑定しておく必要がある。かくいう俺も五歳の時に確認していた。しかもユニークスキルはまるで生来からの手足のように自然と使いこなせてもいた。


「ユニークスキルですか……昔は神からの恩恵とされていましたな」


 執事がこちらの問いかけにこのように返答する。


(確かにあの神のような存在に対価を渡しこの力を得た)


 だが


「そういうことが言いたいんじゃない、なぜこんな力が人には使えるのかということだ」


 体質なんて些細なものじゃない、もっと根本から違う力なのだ、これは。


「残念ながら、なぜ人がユニークスキルを持つのかは判明していません」


 この世界は不思議だ。一応色々と実験をしてみた結果この世界の法則は地球とほぼ同じであることが判明している。


 だが同時に魔法という要素が入る時点で全くの別物になってしまうことも判明していた。


(……逆に言えば魔法を使わなければ地球と同じ法則が成り立つのはありがたかったが)


 前世の知識から植生、地盤、治水などを学ぶことができたので領地改革は順調に進み、ほかにも魔道具や魔法などもより使いやすくなっていた。


「今は考えても仕方ないか」

「???」

「独り言だ気にするな」










「「「おかえりなさいませ」」」

「ああ」


 王都の屋敷に着くとメイドたちがお出迎えをしてくれるが俺は早足に自室に向かう。


「貴族ってのも案外めんどくさい」


 子供でも先ほどみたいに派閥を作ってしまうぐらいだ。もちろん貴族としては当たり前なのだがもう少し年を取ってからでもいいとも思ってしまう。


「よっと」


 服を着替えると窓を開けて飛び出す。


(王都に来るまで外出することは禁止されていたけど、来るまで・・だからもう問題ない。父上には教会を離れることは伝えたし、夜までに屋敷に戻ればいいだろう)


 そのまま一足飛びに門外へと向かう。









 屋敷を出て王都の大通りへと出る。屋台に売っていた果実を食べながら店を物色する。


「さぁさぁ本日とれたての新鮮な野菜だ見て行ってくれ!」

「霜がのっててジューシーな串焼きはいらないかい!」

「今朝釣ってきた魚だ!脂が乗っておいしいよ」


 こんな店もあれば静かに装飾品が売っている店もある。


 その中で一際気になる店があった。


「ここはなんだ?」


 看板には『骨董店メルカ』と書かれている。繁盛している様子はなく、大通りの店でも浮いている。


 覗くと、店の中には怪しそうな壺や怪しい置物が並んでいる。


「おや、珍しいお客様だね」

「珍しい?」

「ああ、あんた貴族だろ?」

「そうだが、よくわかったな」


 今の服装はギルベルトと出かけた時の服だから目立たないはずだ。なのに目の前の老婆は貴族だと見抜いた。


「簡単さね、その手入れがされた髪は貴族や大商人くらいなもんさ」

「髪質がとてもいいだけかもしれないぞ?」

「はは、こちとら見間違えるほど落ちぶれてはいないわい」


 店主の目は確からしい。注目する点をしっかり見ていると言ってもいい。


 前世からでもそうだが人を見極めるのはかなり難しい。それを自然にこなせているのは観察眼が磨かれた証拠だった。


「で、ここは何を売っている?」

「見ての通り骨董品さ」

「じゃあこれは何なんだ」

「それは南のほうにいる部族の魔除けさ」

「こっちは?」

「西の方で使われていた古い鎧だよ」

「アレは?」

「あれは北の熊神と恐れられたものの毛を使ったコートさ」


(全部、信憑性は皆無だな)


「今偽物だろうとおもったろ?」


 こちらの心を読んだかのよう返答が返ってくる。声で視線をそちらに向けると老婆は面白そうにニヤニヤしていた。


「ああ、どれも聞いたことがないからな」

「それはお主の知識不足じゃ」


 その言葉に不機嫌さを覚える。自慢じゃないが俺は結構な量の知識を本で学んだと自負していたからだ。


「……俺なら買わない。本物かどうかも判断つかない物に金なんか使うか」

「それでいいさ、結局価値を決めるのは自分さ。それがどんなに不評でも自分が欲しいと思ったなら掴もうとするべきだね」

「……文句でも言われると思ったが?」

「儂がか?カッカッカ、そんなことを言えるくらい図々しくないさ儂は」


 年を食っているだけあり、言うことに多少の重みがある。


「さてここら辺をよく見てきてご覧、もしかしたらほしいと思えるものがあるかもしれないよ」


 その言葉を聞くと俺は返事をせずに店の中を探索する。


 店の大部分を見て回るが、よさそうなものも数点あったが大金をはたいても欲しいものは無かった。


 だが最後に、一つのものに目が止まった。


「婆さん、これは何なんだ?」


 俺が見つけたのは楕円形の石が奉られている祭壇だ。大きさは大人一人が丸まったぐらいはある。


「ああ、それかい。それは東の国の神獣の卵とされているものだね」

「神獣?」

「ああそうさ、それは稲光の速さで天を駆け、角から放たれる稲妻はすべてを灰燼に帰すとされている」

「これがか?」


 口ではそういうがなぜか、不思議と惹かれているのがわかる。


「いいだろう、これを買う」

「カッカ、いいだろう子供にしては聡明だ。金貨3枚でいいよ」


 俺は金貨三枚を取り出し渡す。


「で、それはどうやって持って帰るのかい?数日後でよければ届けるが?」

「問題ない、『亜空庫』」


 すると祭壇が無くなる。


「ほう、魔法かい?しかも時空魔法か」

「ああ」


 祭壇の真下に『亜空庫』を開けばこういった重そうなものも簡単に収納できる。


「そうかい、そうかい、お前名前は?」

「バアル、バアル・セラ・ゼブルス」

「バアルか……お主の噂を耳にするのを楽しみにしているよ」

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