第2話 定番と言えば定番、だがこの世界では無名

 暗い。


 水に沈んでいるようだ。


 だけど不快感などは無く、むしろ心地よい。





 だがそんな感覚も終わる。


 締め付けられ、そのまま押し流されていく。


 途中で狭い穴があり、締め付けられ痛かったが無事に通れた。


 そのあとは何やら浮遊感を感じ、お尻を強く叩かれる。


「オギャアア、オギャオギャ」


(誰の声だ………俺か)


「******、*******」

「*****、*****」


 誰かの声が聞こえるが眠気に耐えられずそのまま眠りにつく。












 窓から心地いい日差しが入る最中、窓際に座り、日光を背中で受けながら本をめくる。ページをめくると本の匂いが鼻孔をくすぐる。ペラ、ペラと音が鳴る中、コツコツと軽い足音が聞こえてくる。


「あら、バアルはここにいたのね」

「はい、母上」


 転生してから5年。俺はバアルと名付けられ大切に育てられた。


 部屋に入ってきたのは金髪碧眼の綺麗な女性。この人はエリーゼ・セラ・ゼブルスといい、俺の母親だ。年齢は21でかなり若い。俺を生んだのは16で前世なら結婚可能年齢に入った瞬間に出産している。


「相変わらず本が好きなのね、バアルは」

「ええ」


 子供の頭は知識の吸収が速く、すでにほとんどの文字を読めるようになっていた。なので俺は歩き出せるまで体が成長すると、こうやって書斎で本を読み漁るのが日課となっている。


「それよりお父さんが呼んでいるわよ」

「……わかりました」


 俺は今読んでいる本を仕舞って父の執務室に向かう。


 コンコン


「入れ」

「失礼します、お呼びになりましたか?」


 執務室に入ると、そこには少し太り気味の人の好さそうな男性が書類とにらめっこをしていた。


「よく来たね、バアル」


 この人は俺の父親、リチャード・セラ・ゼブルス。髪は母親と同じ金髪なのだが空色の瞳が特徴だ。


 ただ母上と容姿の面で釣り合うかと聞かれたら、うなりながら考えるだろう。


「それでお話とは?」


 笑いながら歓迎する父親に本題に入れとせかす。


「あ、ああ、お前もあと少しで5歳になるだろう?少し早いが教育を始めようと思ってな」


 貴族の子弟となると幼い頃から教養を学ばされる。


 主に語学、算術、歴史、地理、礼儀作法といった具合にだ。家によっては特殊な教育をするかもしれないがゼブルス家は特殊な職でもないのでごく普通の教育となる。


「わかりました」


 とは言っても、実際は外に向けてきちんと学ばせましたよと宣伝するためだ。


 なにせ


「そのために王都から家庭教師を呼んである、おそらくはあと数日で到着するだろう」

「わかりました、では失礼します」

「ち、ちょっと待て」

「どうしました?」

「あ~すまんがこの書類を一緒にかたづけてくれたりは」

「では失礼します」

「だ、大銀貨2枚でどうだ」

「3枚」

「2枚と銀貨2枚」

「2枚と銀貨8枚」

「2枚「これ以下なら断ります」わかった2枚と8枚で良い」


 俺は机の上にある書類を取り、近くにある机で処理し始める。


「ここ計算間違っています」

「この備蓄数は間違いです」

「騎士団からの必要な物資ですがもう少し優遇してもいいのでは」

「御用商人から新商品について相談が来ていますがどうしますか?」

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・




 このように父上の仕事を手伝えるくらいには知識を蓄えていた。
















 それから数日後、予定通り教師が到着するのだが。


「ぜ、全問正解です」


 自室にて、家庭教師の出した問題を難なく解く。


「これで文句ないな?」

「え、ええ、ですが本当によろしいので?」


 家庭教師が来たのはいいのだが、年相応の問題ばかりでやるだけ無駄だった。


 たとえるなら大学生に算数を教えているようなものだろう。


 なので実力を見せればいくつか・・・・授業を除いて免除してもらえる。


「もちろん報酬は通常通り払うが、どうだ?」

「わかりました。ですがリチャード様に許可を取らなくてはいけないのですが」

「わかっている。ほら」


 一つの手紙を渡す。


「え、え~と…………はい、理解いたしました」


 俺が渡した紙には、教育のことに関してはすべてバアルに任せる、との内容と父上のサインが書かれていた。


 これは事前に父上に相談し、この書類を手配しておいた。これにより先生が問題ない判断さえすればあとは俺の裁量で免除していいことになる。


「では日程を組みなおします、教えるのは魔法に関してのみでよろしいのですね?」

「ああ」


 あの神が言った通りこの世界には魔法が存在する。さすがに前世の知識があるとしても、この分野だけは一から学ぶ必要があった。


「では明日までにスケジュールを組み立てなおします」


 それからどの時間帯を自由に使いたいかを聞かれ、本日は終了した。














 二年後。


 いつも通り勉学を終えると館にある書斎に向かった。


「おや、坊ちゃん、今日はお早いですな」

「課題さえ済ませばあとは自由だからな」


 本来、五歳から始まった教育は5年ほど掛かるのが通例なのだが、教わるのが魔法のみなので2年で終了した。


 ではその後はどうするのかというと、教師から定期的に課題を出されてそれに答えるだけでよくなり、自由に使える時間がさらに増えていた。


「しかし、ここにある本の大半はすでに読んだのですよね?」


 この家の書斎は小さい図書館並みの蔵書を誇っている。そのためそれを管理するものが必要になる、それが書斎番だ。


 俺はほぼ毎日この書斎に来ているため書斎番は俺がどれほど量を読んでいるかを知っている。


「だから、ほかに何かないか?」


 俺が何か面白い本がないか聞くと悩み始める。


「あるにはあるのですが……微妙な本ばかりですよ?」


 図書番は倉庫に入ると奥の方にある埃をかぶったいくつかの本を持ってくる。


「これが“リースエル医術書”、“毒と薬”、“錬金術の書”、“時空魔法ノ書”ですね」

「……なぜそんなのが倉庫に仕舞ってある?」


 どれも使えそうな本だと思うが。


「簡単ですよ、すべてが胡散臭いからです」


 図書番の話だと本に記載されている内容が意味不明なのだという。


「例えばこの“リースエル医術書”ですが、腹を捌くなんて狂気の沙汰です。“毒と薬”なんて毒自体が薬だと書かれてますし、“時空魔法書”なんてわからない言葉だらけですよ。で、極めつけが“錬金術の書”ですよ」

「どんな内容だ?」

「本にも乗っているのですが、なんでも炭からダイヤが作れるなどと書かれているのですよ、嘘もいいところです」


 こういうことが書かれているから誰も信じていないらしい。


(それはそういうことだよな?)


 だが俺は本の内容に興味が出た。


「なら、その四つを読んでみることにする」


 図書番からその四冊を受け取ると日当たりのいいところで読み始める。















 それから数日後。


「……本当にできたのか」


 今、自室の台の上には長方形のダイヤが存在している。


(……つまりは知識不足だな)


“錬金術の書”を読むと、そこには『化合』と『分離』という手法が書かれていた。


(この二つを使えば化学式が自由自在に操れる……ただ、気体について書かれていない)


 魔法書には『固体』と『液体』の概念は書かれても『気体』の概念は書かれていなかった。


 例えば、地面の要素である二酸化ケイ素から純粋なケイ素だけを取り出したいと考えた時。


 まず【錬金術】では、あらかじめ化学式を組み込む必要がある。


 SiO₂→Si+O₂


 このような形に。


 だがここで気体の概念がない状態でやればO₂自体が書けない、つまりはこの化学式自体が完成しなくなる。そうすれば錬金術が発動しない。また発動しなければ、嘘だと思うものが大半となるだろう。


 こうした悪循環から錬金術は欠陥だと烙印を押された。


(科学の知識がない奴が本を読んでも意味が解らないだろうな)


 仕方ないと言えば仕方ないが気体の概念がない化学式では全くと言っていいほど役に立たない。


 これにより『錬金術』に関しては嘘の技術として認識されているわけだ。


「ほかの本もおかしいところはなかった……『亜空庫』」


 目の前に黒い門が現れる。手を入れると裏側から突き出ることなく、手が消えていく。


 これは『時空魔法書』に書かれている魔法の一つ、自分で異空間を作り出しそこに物を入れる魔法だ。


 この有用そうな魔法書がなぜ埃をかぶることになったのか、それは一言で言えば空間の理解が少ないことが影響している。


(空間を圧縮して、その隙間に自身が作り出した異空間とつなげる。聞くだけなら簡単だが、それ相応の知識がないと意味がないな)


 こうなれば当然“錬金術の書”と同じ道をたどる。


「有用なのだがな……」


“錬金術の書”も”時空魔法書”も使えれば有用性は抜群。それ以外の二つも十分使い道があった。


(それに【錬金術】が使えるなら初期投資も簡単に回収できる)


【錬金術】を使うには『錬金板』という純ミスリル製の板が必要だった。


 鉱物の中でもかなり希少価値があるミスリルを一切の不純物を含ませず板にする必要があるため異常なほど金がかかる。だが使い方さえ知れば十分リターンを望める物でもあった。


(ただ使えなければ初期投資に異常な料金がかかり、さらには本に不備があるため満足な結果も出せない、そのため悪循環に陥るわけか)


 だが俺は違った、前世の知識があることにより本に書かれていない条件の穴埋めができる。


「いろいろ手配する必要があるな」


 早速、書類を持って父上にとある物を取り寄せてもらう。








「これで一通り終わりましたね」

「……」


 こちらの声に反応することなく、父親は机に突っ伏している。


「では約束は忘れずに」

「お、お~、わかっているよ」


 力尽きている父親を置いて俺は部屋を出るとその足でとある部屋まで向かう。


「よし、すべてそろっている」


 父上に頼んだのは屋敷の中の一室を『錬金術』専用の部屋にすることと、必要な材料を手配してもらうことだった。


(代わりに『清め』までは父上の仕事をある程度手伝う必要があるがな)


『清め』とは教会で行われる一種の儀式だ。十歳になる年に厄除けとして教会に子供を集め神々に祈りを捧げ加護をもらうとされている。ただ、実態は貴族の子弟の実力を披露する場でしかない。


 そして『錬金術』はそれだけの年月を費やす価値がある。


「さて、始めるか」


 錬金板に手を着き魔力を流し始める。


(これがうまくいけばいくらでも資金が手に入る)


 そして出来上がったものは――











「こ、これをですか?!」


 錬金用の部屋を用意してもらってから数日、父上の伝手で『装飾店バーリー』の商会長と面会している。


「ああ、どれほどの値札を付ける?」


 俺が机の上に置いてあるのは数々の宝石類だ。それもこぶし大の大きさで不純物がゼロ、宝石としては特上の質だ。


「て、手に取ってもよろしいですか?」

「もちろんだ、吟味してくれ」


 商会長は俺が生み出した・・・・・宝石を手に取り、隅々まで確かめる。


「こ、ここまでの宝石見たことがありません。それになんでしょうかこの宝石も…………」


 机の上には大小様々な色とりどりの宝石が並べられている。そのうち商会長が手にしたのはオパールや場所によって色が違うアメトリンだ。


「もちろん、こちらのクリスタルや、ダイヤモンド、ルビー、サファイアのどれもが一級品です。ですがこちらの宝石は正直どれほどの価値かは」

「装飾品としては合格か?」

「合格どころではないです。この宝石だけでも財産と呼べるでしょう」


 宝石を取り扱っている店に価値を認められた。


「それで、どうだ?」

「もちろんお願いします。こちらのクリスタルですが、値段としましては―――」


 それぞれの宝石には調べた相場よりも割高で買い取ってくれた。


 だが


「ただ申し訳ありませんがこちらの宝石だけは買い取れません」


 それは唯一成功したアメトリンを除いてだ。その理由だが


「申し訳ありませんが、こちらに関しましては値がつけられません」


 プライスレスということ。ただ、今回は無料という意味ではなく、金で買うことはできないという意味で使われている。


「そうか…………となると、どうするか」


 俺が作ったのは比較的作りやすい物ばかりだ。


 なにせ式さえわかれば加工過程をすべて吹っ飛ばすことができる。


(ダイヤモンドは炭素を正四面体結合に配列してつなげるように結合させるだけ、クリスタル、つまりは石英なんてそこら辺の白い石を集めて、SiO₂の配列を変えるだけで出来上がる。それだけでも十分価値があるが、そこに不純物を混ぜるといろいろな宝石になる。ほかにもAl₂O₃のルビーやサファイヤも比較的に作りやすい、なにせボーキサイトを取り寄せてAl₂O₃を抽出したら、コランダムや鋼玉と呼ばれる結晶体にして、そこに不純物を決まった量を均等に含ませるだけで出来上がるのだから)


 材料費と売り上げを考えればどれだけの利益率になるのか、ここまで楽な商売もないだろう。


 話を戻すが、どうやら聞く限りアメトリンや複数の色が混じっている宝石ほど高価らしくオパールなども異常なほど高価になっている。


 しかも今回作り出したものは不純物の比率を完璧にしていて、不自然ぐらいまできれいな宝石が出来上がっていた。だが、それだけに扱いに困っている。なにせ呼び出したバーリー商会は有名な装飾商会、そんな商会が買い取りができないと断言したのだ。


「バアル様、もしよろしければ―――」


 商会長から一つの提案をされる。

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