再会
当日、電車を乗り継ぎ、久々に地元へ帰ってきた。無賃乗車であはあるが、人にぶつかれば骨が砕けてもおかしくないので、ものすごく大変であった。乗車料を払うことによって保証される命もあるのだと感じた。
駅から出て、バス停前に彼女はいた。白シャツの上からふわりとした茶色のニットカーディガン、ズボンは明るめのジーパンに、小さめの黒いショルダーバッグを肩に掛けている。それから、茶色に染まった髪、長く整ったまつ毛、艶やかな赤の唇。
初めて化粧した姿を見た。髪も知らないうちに染めていて、雰囲気も大分違う。でも、その声は何も変わっていなかった。
「久しぶり」
そう言いながら控えめに手を振る。近づくと、底の高い靴のせいで身長差が縮まっていた。それに比べ、俺はどれだけ変わることができただろうか。髪型も服装も心持ちも、高校の頃からほとんど変わっていない。
彼女の変わり様にいろいろな妄想を膨らませる。こんなに大人びたのだから、彼氏くらいいるだろうか。彼氏はどんなイケメンなのだろうか。靴を見るに高身長で、雰囲気的に爽やかながらやることをしっかりできる男だろう。彼氏とはどこまで行っているだろうか。手を繋いでデートして、キスをして……。
「涼太?」
「あっ、ごめん、ちょっとびっくりしただけ」
「そう。んまぁ、立ち話もなんだし、その辺の店入ろ」
彼女は振る舞いも成長していた。高校時代ならもっと初々しくて、朗らかで、笑顔の絶えない人であった。だから、久々に会えば少しくらい喜んでくれると信じていた。たった一年と少しでここまで変わるのだと改めて感じた。
いや、そんなことを考えている場合ではない。俺は今、彼女以外の人に認知されていないのだ。お店に入ろうものなら、彼女が変な人だと思われてしまう。メールでそのことを伝えようとも考えたが、頭がおかしくなったと勘違いされると嫌だったのでやめた。
「俺さ、他の人から認知されてないんだ」
彼女は眉をひそめて振り返った。何かを探るかのような目でこちらをじっと見つめる。俺は思わず目を逸らす。
「しばらく合わない間に嘘をつけるようになったのね」
「違う!」
「じゃあ証拠は?」
俺はそこを歩いていた男性を思い切り殴って見せた。拳は頬に当たったが、びくともしない。その上、男性は何事もなかったかのように去って行った。
「……なるほどね」
思っていたほど驚かず、納得した様子であった。まだ、心のどこかに俺への信用が残っていたのかと思ってしまう。そうであれば、どれほど嬉しいことか。
駅前から離れ、人気のない公園へ向かった。
「とりあえず、他の人には俺の姿は見えていないし、連絡も取れない」
歩きながらある程度の状況を説明した。二人でベンチに腰を下ろすと、彼女は頭を抱えて苦笑いする。
「涼太に声をかけたのは、恋人のフリをしてほしいからだったの。これじゃあ幻覚の彼氏を連れていくことになっちゃう」
「何それ」
見た目は変わったけど、中身は何も変わっていなかった。だからといって、元の関係に戻れたと錯覚するほど俺もバカじゃない。
「でもね、本当に困ってるの。しつこく追い回されて」
彼女は深刻そうな顔をしてため息混じりに言った。行き交う人々を意味もなく眺める瞳は、やはりいつの日かと変わらず輝きを放っていた。高い鼻の輪郭が、横から見た時に綺麗に写る。写真では再現不可能な芸術だと、中学の卒業式の時に気がついた。
彼女は写真うつりが悪いため、カメラを嫌っていた。その卒業式の日、俺は亜紀子と写真を撮ろうと声をかけたが、彼女はあまり乗り気ではなかった。亜紀子の両親が記念に一枚くらい撮った方がいいと言ったため、渋々撮影したのを覚えている。その時の笑顔は今でも覚えているし、綺麗だったと心の底から思えた。それなのに、写真に写る彼女はどこかぎこちない笑顔で、別人かとも思える輪郭を描いていた。
「勢いで彼氏いるなんて言っちゃったの。それで、周りに頼れる人もいないし……」
「ごめん、力になれなくて」
「でも、他に頼れる人がいない私が悪いのも事実だし」
「俺の友達に頼んでみる?」
自分で言っておいて、気が狂いそうになった。その時思い浮かべていたのは成田であった。彼は俺に対する口調は鋭く刺々しいが、俺以外の人には真面目で優しい人間だと思っている。
「でも、他の人と意思疎通できないんでしょ?」
「大丈夫。亜紀子と同じように、俺の事を認知できる人がいる」
何か力になりたいという気持ちがあったとはいえ、成田が助けてくれる保証はどこにもない。彼が本当に彼氏のフリをするとして、俺はそれに耐えられるだろうか。嫉妬するだけならともかく、亜紀子は小野と似ているし、好きになる可能性だってあるし、そのまま本当の彼氏になる可能性だってある。
いや、何でそこまで想像してしまうのか。成田は真面目なやつだから、小野に一途だろう。そうでなければ、俺に対してキツく当たる理由が分からなくなってしまう。
「それは助かる。じゃあ、また連絡するね」
彼女は安心した様子で手を振る。それを呼び止めようとしたが、その権利が果たして自分にあるのか怪しくなって、手を振り返す以上のことはしなかった。偶然そこを通りかかった人は不思議そうに亜紀子を見つめた。
この世から消滅しました Re:over @si223
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