選択


 大学の隣にある公園はいつも物寂しく、遊具が少ないせいで子供が遊んでいるのも見たことがない。一ヶ月もすればその辺の雑草が伸び、あたかも通せんぼしているような気がする。しばらくすれば整えられるとはいえ、近寄り難い。そのせいか、公園の前を通る時、しっかりと目を向けたことがない。


 東山と出会ってからはその公園が食料などの物資の取引場所になっていた。四回目の取引で遊具が想像以上に錆びていることを知った。


「やっほー」


 東山は大きく手を振りながらこちらへ小走りして来た。彼女には恥じらいがないのだろうか、と毎回思う。


「はいこれ」


 彼女はレジ袋と一緒に手提げ袋を差し出した。


「これは?」


 受け取りながら手提げ袋の中を確認すると、そこには弁当箱が入っていた。


「いつも不健康な食事ばっかりだったから作ったの」


「ありがとう! 本当に助かる」


 彼女は仏様か、と思うほどに朗らかな笑みを浮かべた。こういう優しさが亜紀子に似ている。ダメだ、何でもかんでも亜紀子に繋げてしまう。これまでどれほど彼女に依存していたのか改めて思い知った。


「そういえばさ、ゴールデンウィーク遊びに行かない?」


「え?」


「私さ、まだ涼太のことちゃんと知らないからさ」


「いやちょっと待て」


 それは所謂デートなのでは。それを誰からも認知されない俺と行くとなれば、周囲の目が痛いに決まっている。虚しくもなるだろう。なのに、彼女は何を馬鹿げたことを言っているのだろうか。


「お金は全部私が出すから安心して」


「そういう問題ではなく!」


 ここまで来ると、天然なのか馬鹿なのか見分けがつかない。さっきまでの仏顔はどこへやら、目がチグハグの方向を向き、舌をだらんと垂らしている馬鹿に見えてくる。いや、一応可愛いから、アホということにしておこう。その方が可愛さを表現できている気がする。そういう問題でもないと思うが。


「じゃあ何? あ、もしかして彼女いるの? それとも、私のこと嫌い?」


 もうそろそろツッコミが追いつかなくなる。彼女いない前提で話を進めるのはさすがに失礼では。そして、嫌い? と訊かれても、この関係を維持したい俺としてはどう足掻いてもうんとは言えないし、そもそも嫌いなわけがないし。


 心の内で一通りツッコミ終え、ふぅ、と一息つく。


「あのな、俺は人から認知されないんだぞ」


「分かってるよ」


「お前一人で喋って、笑って、歩いて、って周りには見えるんだぞ」


「うん」


「虚しくないのか?」


「私は別になんてことないよ。でも涼太は人に認知されなくて寂しい思いをしてるでしょ?」


「それは……」


「だから、気晴らしに遊ぼうって。周囲の目なんて気にしてたら何も楽しめないよ」


 何も考えていないと思っていたが、そうでもないようだ。彼女には彼女なりの考えや価値観がある。だからこうやって手を差し伸べているのだ。それを蔑ろにするのは違う。しっかりと手を取り、いつかしっかりと恩を返すべきだ。


「そうだな。じゃあ行こう、遊びに」


「五月三日でいい?」


「その日は予定があるんだ、ごめん」


「えー、その日以外はちょっと厳しいかも」


「な、マジかよ……」


 これはアレか、二者択一ってやつか。


「ごめん、一旦この話保留にしてくれ」


 亜紀子に予定を変えてもらおうと考え、聞いたところ「バイトのシフトもう出したし、三日以外は厳しい」と返信が来た。


 ベッドの上でどちらへ行くべきか頭を抱えていた。あっちへ転がり、こっちへ転がり、立ち上がって部屋を歩き回ってはベッドに倒れ、というのを繰り返す。


 亜紀子と寄りを戻したいが、彼女にそんな気があるのか、と疑問に思った。メッセージのやり取りもどこか単調で冷たい気がするし、そもそも何で呼ばれたのかも分からない。そんな一か八かな賭けをするべきなのだろうか。


 それから、東山との恋愛フラグであろうイベントから本当に逃げてもいいのだろうか、という考えもあった。このまま仲良くなれば、この世から消滅していても安心して生活できるのではないだろうか。


 とはいえ、先に約束したのは亜紀子だから、そこを優先すべきではないか。いやいや、亜紀子は消滅したことを知らないのだから、それを説明し、納得させるのも手間があり、彼女の目的を果たせないかもしれないのではないか。


 布団を抱き寄せて、スマホを眺める。断る文章と、それを送る相手を再度確認し、送信ボタンを押した。すると、体の空気が抜けていく感覚に襲われた。既に後悔している節があったが、次の機会があるだろうと言い聞かせ、目を閉じる。

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