今後
時刻は十八時二十分。家に居てもやることないし、早く着いてしまった。スマホで時間を確認してはため息が出る。
友達が目の前を通り、思わず挨拶してしまう。しかし、彼は振り返ることもなく先へ行ってしまった。改めてこの世から消えたことを実感し、虚しさが込み上げてくる。
「お待たせー」
感傷に浸っていると、明るい声が飛んできた。
「立ち話もなんだし、近くのファミレスにでも入らない?」
「待ってください。俺は人に認知されていないので、あなたが一人で話してる変な人になってしまいますよ。そもそも、近くのファミレスってバス乗らないと行けないじゃないですか」
「それは盲点だった」
彼女は頭をかきながら苦笑いした。さっきまでの苦悩は吹っ飛んでしまい、彼女は人を明るくする才能があるな、と思った。
「公園のベンチとかはどうですか? いいところが近くにあるので」
「じゃあ案内お願い」
俺は少し歩いたところにある人気のない公園へ案内した。
その公園は大学の側面、木々が生い茂る急な斜面の下にある。雑草は比較的処理されているが、遊具が滑り台一つと寂しく、そこで人を見かけることは少ない。そもそも、公園と言っていいのかすらもわからないのだが。
ベンチに座ると、鉄の冷たさが体へ流れ込み、思わず身震いした。隣に座った彼女は俺の様子を見て不思議そうに首を傾げる。恥ずかしくて咳払いをした。
「改めて、俺は文芸学科二回の小森 涼太です」
「同じく文芸学科一回の東山 小春です」
「それで早速なんだけど……」
俺は自身の状況、こうなった経緯と推察、認識の判定などを分かっている範囲で説明した。
「えっと、この世から消えたいと思ったら本当に消えたみたいになった、ってことだよね。じゃあ私も億万長者になりたいって思ったらなれるのかな」
彼女は先輩である俺に対して敬語を使う気がないらしい。特に気にしてはいないが、自分のことをあまり良く思われていないのかと少しばかり悲しく思った。
「そんな簡単になれるわけないだろ。まぁとにかく、あれだ、俺のために食べ物を買ってほしい。お金は渡すし、俺にできることなら何でもする」
「わかった」
「お願いします! 今日の夕飯もない状態だから」
手を合わせて頭を下げた。
「じゃあ買いに行こうか」
「ありがとう!」
彼女がいないと俺は生きることができないのだ。あまり大口も叩けないし、上から物を言うこともできない。
とりあえず、今回は代わりに買ってもらい、後からお金を渡したが、そのお金すらもいつかなくなる。東山さんに頼りっぱなしというわけにもいかないし、今後どうやってお金を稼ぐか考えなくてはならない。
バイトはもちろん、親に連絡することもできないし、他に頼れるものもない。そして、俺の性格上、バレるバレない以前に物を盗むことができない。
買い物を終え、バス停の前に立ち並ぶ。
「その、明日もお願いしていい?」
都合のいいやつだな、と自分でも思う。
「いいけど、お金は大丈夫なの?」
「今はお金の心配よりも生きることを優先しないといけないからな。でも、先のことを考えればお金を手に入れる手段を見つけないとヤバいな」
「ふーん」
苦笑いしたら、あまり興味なさそうな表情を返された。同情の一つくらいあってもいいと思うのだが。
「あ、バス来た。明日も同じ時間、場所で待ち合わせってことでいいよね」
「うん。じゃあまた」
「またね」
俺は手を振ったが、彼女はこちらに背中を向けたままバスに乗り込んだ。
不機嫌になったのか? 何か余計なこと言ったっけな。思い当たる節は何もない。女性って難しいな……。
頭を振る。過去のことを思い出して唸る余裕なんて、今の俺にはない。それなのに、亜紀子の笑顔が脳裏を過る。未練なんてあるはずない。でも、でも。彼女は俺だけに優しかった。本当に、優しかった。対して俺は、最低な言葉で関係を切った。今後関わることもないだろう。自分で関係を断ったはずなのに、どうして後悔しているのか。定期的に思い出す。
深く息を吐き、空を見上げた。さすが田舎、星がはっきりと見える。引越したばかりの時はこの星空にも感動できたのに、今では何も感じなくなっている。
バス停に背を向けて歩けば、大学生の騒がしい声が向こうから聞こえてくる。羨ましいなんて思わないが、惨めな気持ちになる。
下宿先へ到着して疲れがどっと溢れても思考を放棄できなかった。鎖のように巻き付いて離れてくれない。
ピロン
通知音が鳴り、待受画面にメッセージの内容が表示される。
『亜紀子 ゴールデンウィークのどこか空いてる?』
亜紀子……?
「はぁぁぁぁ?」
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