後悔
「ちょっと待てよ」
一度整理しよう。俺は亜紀子に最低な言葉を投げて関係を断った。はずだった。亜紀子から連絡してきた。おそらく、無視されることを覚悟の上で。そこまでして連絡する意味は? 予定が空いていたらどうするつもり? 待て待て、何を期待しているのか。
一度深呼吸して、スマホを握る。いつでも空いているという旨を打ち込もうとするが、手が震えるし、手汗もすごくて上手く文字を入力できない。
『いつでも空いてるよ』
一息ついて、送信ボタンを押した。スマホを机に置き、椅子に座った。しばらくすると、既読のマークが付いた。そこで違和感を覚える。
「あれ? なんで送信できた?」
『じゃあ、五月三日空けておいて。近くなったらまた連絡する』
考える暇もなく返信が来た。早い返信を嬉しく思いながら、何とも言えない喪失感に襲われた。
あればいらないと拒む、なければ欲しいと願う。本当にズルい人間だ。
日常に引き戻され、脱力感に襲われる。
溜まっていたメールの返信をしようとしたのだが、亜紀子以外の人にはメールを送れなかった。ということは、亜紀子も東山さんと同じように俺を認識できる人なのだろうか。
気持ちが往復しすぎて混乱してきた。俺を認識できる人とはメールのやり取りができるのだろう。
もしかしたら、他にも俺を認識できる人がいるかもしれない。その人たちを探せば、何か手がかりが掴めるかもしれない。とはいえ、亜紀子と東山さんの共通点が分からない。
いろいろ考えていると眠くなってきた。
***
亜紀子とは幼馴染であった。小学校の頃から仲が良かったし、高校になっても一緒に行動することが多かった。
彼女は俺の投稿した小説を毎回読んでくれていた。意見や感想も言ってくれた。同じように、俺は彼女の書く絵を見せて貰っていた。他のことでも共依存なところがあった。登下校もそうだが、課題をするのも、進学先も、部活も、遊ぶ時も、相手がいないとめんどくさくなってしまう。亜紀子もそう言っていた。
きっかけとかはなく、ただ、中学校になって男女が分かれるタイミングになっても仲が良かったから。冷やかされても気にしなかったし、むしろ、両想いだっただろうから、満更でもなかったのだと思う。そうして"共依存"が完成した。
今思い返せば、それは最早付き合ってるのでは? とも思える。俺だって、彼女のこと好きだったし、手を繋いだり、それ以上のことをしたいと思っていた。でも、別に焦る必要はないと思い、高校三年生の冬を迎えた。
「私ね、県内進学することになった」
一緒に芸大へ行く予定だったのに、入試を目の前に唐突な進路変更であった。
「な、どうして急に」
「まず、親が絵描きの道に行くことを許してくれなかった。それから、私たち、共依存し過ぎたんだよ」
その時の俺には何を言っているのか理解出来なかった。今ならなんとなく分かる。どっちつかずな関係が続けば、親として不安だろう。
「共依存? そんなの関係ないだろ。亜紀子だって、絵描き目指して頑張ってたじゃないか」
「絵描きで食っていくのがどれほど難しいか分かってる? 両親は安定した仕事に就いて欲しいのよ」
「そんなの俺がどうにかする! だから、もう一回説得させよう!」
「そういうところだよ。そういうところが私の両親を不安にさせてるの」
ずっと後悔している。ずっと。俺はこの時、亜紀子が好きであることを伝えるべきだった。いつも一緒にいるから、隣にいることが当たり前だから、忘れていた。
「意味分かんねぇ。まぁお前と会うことがなくなれば、恋人もできるだろうな、お互いに」
俺はそんな最低な言葉を吐き捨ててその場を去った。それから亜紀子とは目も合わさずに卒業した。
今でも後悔している。おそらく、息絶えるその時まで後悔する。
亜紀子と離れた今になってから彼女のことで頭がいっぱいになる。隣を歩き、微笑む彼女の姿が永遠のように再生される。あの手を握りたい、あの髪を撫でたい、あの肩に触れたい。そうやって自分の中で後悔が膨れ上がり、どうしようもなくなった。
それからというもの、何事にもやる気が出ず、生きるのも嫌になってきた。
亜紀子は今、どうしているのだろうか。彼氏とかいるのだろうか。自分以外の男と一緒にいるのを想像したらむしゃくしゃする。悔しいし、その男に「亜紀子の何が分かる!」とか言いたいが、そんな権利、俺にはない。
もし、俺が告白して亜紀子と同じ学校に通っていれば、どうなっていただろうか。思うに、俺はまだ小説を書いていただろうし、友達とも上手くやれていたと思うし、将来は明るいものだっただろう。そんな過去の後悔を何度も掘り返してしまうので、今でも先に進めずにいる。過去に囚われているのだ。
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