第106話



 一晩ぶりの自分の部屋。帰宅するとすぐに晴に抱きしめられた。


「……ごめんな」

 予想していたその言葉に私は首を横に振った。


「私のほうこそ、ごめんね」

 素直に謝った私に、目を見開くとふにゃりと笑う。



「……夢、見た」

 少し掠れた声で話し出す晴。


「ななちゃんがおれのこと、大好きって言うてくれた夢」


 ぱっと晴の顔を見上げると、夢の中と同じように、幸せそうに笑っていた。


「だから起きた瞬間、慌てて迎えに行った」


 私が見た夢と、晴が見た夢は全く別のものかもしれない。


「ただの夢、なのに……?」

 それでも、



「ただの夢でも、俺はそんだけでじゅーぶん幸せなんよ」



 この笑顔を守れたことを、誇りに思おう。




「──ハルのこと、気にしてたんだ?」

「当たり前やろ……。同じ名前やなんて、聞いてないし」


 拗ねたように唇を尖らせる。ああ、もう空気が元に戻ってる。


「晴とハルが同じ名前だから何?……言われるまで、気付かなかったし」

「ハァ!?それはさすがにアホやん!」


 そう言われてしまうと思って言いたくなかったけど、これはホント。


「だって……私にとってどっちも特別で、どっちの方が好きとか考えたこともないよ」


 私にとって“ハル”も“晴”も全く別の人で、名前が一緒だから何?って感じ。

 だから晴がこんなに気にするなんて、思ってもなかった。



「晴は“ナナ”っていう女の子が現れたら好きになるの?」


「なれへん。なるわけ、ない」


 私がそう問いかければ、ハッとした表情になる。……わかって、くれた?


「……その子に、私の代わり、させる?」

「……アホか」


 ……そういうことなんだよ、晴。


「……アホは、俺やな」

「……うん。アホだ」


 笑ってみせると、晴はしゃがみ込んで笑い声をあげた。

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