ハルノユメ:◯◯◯◯

第100話


「……なあ、ななちゃん」

「なにー?」

 仕事から帰宅後、スーツのジャケットを脱ぐ私に声をかけた晴。


「明後日、ご飯食べに行こーや」

「……明後日?」


 明後日。その日は──。


「……ごめん、明後日は予定がある」

 いつもなら、へらっと笑って「そっかあ。ほなしゃーないな。いつならいける?」って言ってくれる。でも、今日は違った。


「……なんの、予定?」

「え……」

 甘えすぎていた、私も悪い。誤魔化そうとするから。

「大事な用なん?」

「えっと……」


“元カレの命日”だなんて、言えるわけがない。言葉を濁す私に、何か勘付いたようだ。



「……“ハル”か?」

 彼の口から出るはずのない名前が、零れ落ちた。

「……なんで」

 やっぱりか、と呟いた晴は、少し怒っているようだった。


「……知ってたんだ、ハルのこと」

 誰から聞いたんだろう。そうちゃんかな。

「……まあ、知ってたっちゅーか、体験したとゆうか……」

「は?」

「いや、なんもない」

 いつもの柔らかい声は、少し鋭くて。独特のイントネーションが、その鋭利さを増幅させる。


 ……そうちゃんが聞かれてもないのに話すはずない。ってことは、晴が聞いたんだよね。探るようなことをされた気がして、私も少し苛立っていたんだと思う。



「……やっぱ俺ではアカンのや」


 晴が何を言いたいのか、分からない。“やっぱり”?なにを根拠にそんなこと言うの。




「……どうせ、ハルの代わりのくせに」




 彼が落とした言葉は、私の胸を貫いた。


 ──そんな風に、思われてたの?

 ハルを忘れたことはない。それでも、晴は晴。ちゃんと向き合ってきたつもりだった。ハルと重ねたことなんて一度だってないのに。


 ショックで、悔しくて、涙が出る。

「ばかっ……」

「なんで泣くん……」

 辛そうに顔を歪める。分かってる。泣きたいのは、彼も同じ。


 それでも、その言葉だけは、聞きたくなかった。

 ちゃんと説明しなかったのは、晴は知らなくていいことだと思ったから。ハルのことは過去として気持ちの整理をつけていたつもりだったから、話して不安にさせたくなかった。ただでさえ、やきもち妬きな人だから。わざと言わなかった。


「“ハル”やなくて、ごめんな」


 嫌味なんかじゃなく、本当に申し訳なさそうにした君。

 そんな顔させるくらいなら、話せばよかった?

「……一回、外出てくる」

 さっきの晴の言葉が頭の中を掻き混ぜる。頭を冷やさなきゃ、酷いことを言ってしまいそうな気がして、晴から逃げるように部屋を出た。


 冷たい風が頬を刺す。ほんの少し、期待していた声はいつまでも追いかけてこなかった。

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