第101話



「……なるほどね」

 晴のいる部屋から飛び出した私は、明日は休日だからと職場の同僚である心に連絡して一晩泊めてもらうことにした。ワケを話せば、優しく背中を撫でてくれる。


「……隠してるつもりはなかったの。聞かれたら全部答えるつもりだったのに。私がいないところで、こそこそ探りを入れるようなことされるくらいなら……私に聞けばよかったのにって思う」


「……晴くんも、聞きづらかったんじゃない?カッコつけたい年ごろなんだよ。本人に元カレのこと気にしてるなんて思われたくないんじゃないかな」

「……うん」


 分かってる。あの子の性格も、大人になりたがっているのも、ちゃんと分かってるのに。ハルの命日を目の前にして、情緒が不安定だった──なんて、言い訳なのも分かってる。


 でも、

「一番ショックだったのは、“ハルの代わり”だって思われてたことなの」


 目頭が熱くなって、涙を堪える。そんな私を見て、心は優しく問いかけた。

「そう思ったことは、一度もない?」

 震える唇で、即答する。

「当たり前でしょ。考えたこともない」

 きっぱり言った私に、ふっと微笑んだ。


「……じゃあそう言えばいいのに」

「……カッとしちゃって」


「菜々の悪いとこだよね。素直じゃない」

「わかってますよ……」

 自分の悪いところを他人に指摘されるのは腹立たしいけど、心ならなんだか素直に聞ける。この子に話せば、自分の汚い感情も浄化されていくようだった。


「……でも、菜々変わったよ?」

「え?」


「晴くんと出会って、少し素直になった気がする」

「そう?」


「うん。なんか真っ直ぐになった。うまく言えないけど」

“真っ直ぐ”。それは、私がいつも晴を表現するための言葉。一緒にいると似てくる、だなんて。誰が言ったのかな。


「……そっか」

「半年くらいだよね?付き合って」

「……うん」

 そう心に言われて、ふと気付いた。



 ──明後日は晴と付き合って、ちょうど半年だ。



 晴が明後日に拘った理由。


 私が行けないと告げると、悲しそうにした理由。


 それが“ハル”が原因だと、知った時の辛そうな理由。


“ハルには敵わない”と言った理由。




「……私が全部悪いんじゃん」

 額をおさえて俯くと、心は何も聞かずに寄り添ってくれる。


 馬鹿だな、私。目の前の幸せに気づかずに、過去にばかり気を取られて。彼はハルのことを知っていた。どんな思いで、過ごしてきただろう。


 自信たっぷりに見えて、傷つきやすいところ。


 大雑把に見えて、繊細なところ。


 強気に見えて、脆いところ。


 ──ちゃんと、知ってるはずなのに。



 謝らなきゃ。そう思うのに、やっぱり意地が邪魔をしてスマホを操作する手を止めた。


 晴が“ハル”に対して劣等感を持っているのも、誤解も解かなきゃいけないけど。


「……きっと明日になれば晴くんも菜々も頭が冷えるよ」

 話し合うのはそれからでも遅くはないよ、と心の助言で今晩はやはりここで過ごすことにする。

「……彼氏とか来ない?大丈夫?」

「……いないの知ってるでしょ?ここに来るのは弟ぐらいだから平気」

 その言葉に甘えることにした。

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