第98話


 ななさんの優しい声は心地よくてずっと聞いていたい。晴は毎日、好きなだけ聞けるんだよなぁ。ずりー。


 優しい声。柔らかい笑顔。

 温かい手のひら。


 俺のこと、キラキラしてるって、ななさんはいつも言うけど。ななさんの瞳の方がずっとキラキラしてて綺麗なんだけど?まともに見ちゃったら、吸い込まれそうでちょっと怖いぐらい。

 ……たぶんもう、手遅れだけど。


 晴は鋭いから、多分気付いてる。俺があの人を見つめる目が、自分と変わらないってこと。気付いてて焦るそぶりも見せないのは優越感があるから?それとも取られない自信がある?……ちょっと腹立つなあ。



 ──俺には、秘密がある。誰も知らない、俺だけの秘密。きっとこの先、マジで墓場まで持っていかなきゃいけないくらい。






 ──目が覚めて、隣で眠る身体を抱き寄せた。ふわふわの髪に顔を埋める。

「ななちゃん」

 自分の口から出たとは思えないくらいに甘い声。

「おはよ、祥太くん」

 目を開けたらななさんが微笑んでる。あの、晴に向けるキラキラした瞳で。


 ……あー夢か。


 そう自覚できるほど、馬鹿らしいこの状況。頭では分かっているのに、俺の体は今、俺の思考とは繋がっていないらしい。

 今まで女の子にしたことないくらい、優しく彼女に触れる。指先にまで気を遣って、壊れちゃわないように、優しく。

 擽ったそうに身を捩るななさん。心臓まじで生きてる?


「もー、祥太くん、擽ったいよ」

「あはは!ごめんね?」

 すべすべの肌、サラサラの髪。もっとずっと、触れていたい。

「……そんな顔されたら怒れないじゃん」

 そーやって、俺の隣で微笑んでくれたなら。


「……ななちゃん、好きだよ」

「……うん」

 照れたように笑う、ななさん。あの時みたいな、困った顔はしなかった。


「私も好きだよ」

 あの時──文化祭の日、聞けなかった言葉。

 嘘でもいいから欲しかった言葉。


 それを聞いた瞬間、胸のあたりからザワッて何かが込み上げてくる。もうじっとなんてしてられなくて、両手でななさんの頬を包み込むと、至近距離にある瞳をじっと見つめた。


 あー……ななさんの瞳に映った自分の顔が、ヤバい。熱情に侵されて、まじで獣みたいな顔。

 ……今、正直俺なにするかわっかんないや。


「──ななちゃん、今は俺だけ見てて」

 そう言うと、頭の中で鳴る警告音を無視して──俺は目の前の唇に、噛み付いた。



「〜〜うわわわわ!!!」

 ガバッと起き上がって、あたりを見回す。毎朝見慣れている俺の部屋だった。

 ……よかった、夢で。うん、よかった。


 あんなに罪悪感たっぷりで切なくて──幸せな夢は、初めてだ。


 額をおさえて、何故か目頭が熱くなっていくのを堪える。ああ、好きなんだなあ……って。ただ純粋に、そう思った。

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