第93話


 振り返って、今にも逃げたしたいって顔に書いてあるななさん。この姿を見たのが俺がはじめてなんて、嬉しすぎるんだけど。

 コンコンと少し荒めのノック音。……誰か丸わかりじゃん。

 でもよかった。このままじゃ、俺やらかしてたわ。


「ななちゃん、準備できたんかー……」

 控え室のドアを開けて入ってきた晴がななさんを見て固まる。そんで、俺に視線を移すと苦々しい顔になった。

「……なんで、オマエやねん……」

 そう呟くと、ななさんに近づいて、ふわっと笑った。

「ホンマにかわええよ、ななちゃん。大好きやで」

 聞いてるこっちが恥ずかしいほど、ストレートなその言葉。女の人はこれぐらい直球なのが嬉しいのかな。

「うん。……私も」

「……!!」

 晴が目を見開いて、驚いている。そういえば、あんまり「好き」とか言わないんだっけ、ななさん。

 飛び跳ねて大喜びするかと思ったら、困ったように笑って……それから、すんげー優しい顔してななさんに触れた。髪やら頬やら指先を本当に優しく。

 そしたらななさんも緊張でガチガチだった表情が和らいでる。あ、この顔好きだな。……なんつって。


 きっと晴に誘われて遊びにきたはずのななさん。結局コンテストに出るせいでどこにも行けないけど、謝る俺に「平気だよ〜」とふにゃーって笑った。



 他の出場者と同じ控え室のソファーで並んで座る俺たち。コンテストの時間が迫るにつれて、ななさんの顔が強張っていく。緊張してるんだろうなあ。

 控え室のドアが開いて、正彦が顔を出す。そろそろ出番のようで、スタンバイの声がかかった。

「そろそろ行こっか」

 立ち上がって手を差し出せば、恐る恐る手を乗せるななさん。触れた手は、あったかい。

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