第86話


 夢の国を堪能して、イヤイヤと騒ぐ私を宥めながら晴の思う存分写真も撮られて。私はげんなり、晴はホクホクした顔で帰宅した。

 ……まあ、楽しくなかった、なんて言ったら嘘になるんだけど。


 マンションのエレベーターを降りれば、私の部屋の前に人影が。近づいていけば、見慣れた愛しい姿が鮮明に見えてくる。

「……誰や?」

「……まお?」

 パッと顔を上げてこちらを見たその子。黒髪がふわりと揺れて、ピュアな瞳がゆらゆら揺れている。やっぱりそうだ。


「ななちゃんっ!!」

 ぱあっと笑顔になる真央。可愛すぎる!!


 思わず駆け出して、その華奢な体に抱き着いた。

「えええええええ!?」

 背中に晴の絶望の声を聞きながら。


 ぎゅうっと抱きしめ返してくれる真央。少し背が伸びて、大人っぽくなった?中性的な顔立ちは変わっていないけど。どこか男らしくなった気もする。

 ぴったりと抱き着いたまま、ほっぺをスリスリしていれば、晴が私たちを引き裂いた。

「はよ離れろっちゅーねん!!」

「ちょっと晴!!」

 抗議の声を上げれば、途端に泣きそうになる。「なんでぇ……?」って声が漏れていた。


「ななちゃん、その人は……?」

 純粋な瞳で見つめる真央に、「うっ……」と晴は謎のダメージを受けていた。

「なに、ななちゃんに触れてくれてんねん!!」

 私の体を引き寄せて、威嚇する。その怒鳴り声に真央はビクッと体を震わせた。

「なにっ?この人こわいよななちゃんっ!?」

「えーい、メソメソすんなや男のくせに!」

 オオカミに怯えるウサギのように怖がっている。可哀想に。

「まおをいじめるなバカ晴!」

 私が真央の前へ出て庇うと、ガーン……と衝撃を受けた。

「え……ななちゃん、彼氏の俺やなくてこんなヒョロっちいやつを選ぶん……?」

 ショックを隠しきれない晴。


「ななちゃん彼氏できたの!?」

 目を見開いて、真央が驚きの声を上げた。

「そーやで!!」

「ドヤるな!!」


「わあ、イケメンだぁ……」と感嘆のため息。それに気を良くした晴は少し機嫌が治ったみたい。

「まあ?オマエも可愛らしい顔しとると思うで?」

 なんて、上から目線で褒めてる。


「はじめまして、川瀬 真央斗っていいます。姉がお世話になってます!」

 真央がペコリとお辞儀をして自己紹介すると、晴がピシッと硬直した。

「……え、姉……?」

 私と真央との顔を交互に見比べて、考え込む。そしてすぐに

「マジでぇぇ!?ほな将来的に俺の義弟やん!?ごめんなさい!!」

 と深く謝罪をしていた。……驚くところ、そこなんだ。

「え、……そうなの?」

 真央がきゅるん、と首を傾げてキラキラの目で問う。

「んー……」

「悩むなや!即答やろそこは!」

 そうだよ!なんて、無邪気に言えないんだけど。未来は分からないでしょ。


「ちょっと……さみしいな」

 下がった眉と少し悲しそうな顔に……心臓が撃ち抜かれた。

「まおっ!!好き!!」

 再び真央を抱き締めて、ちゅーしようとしたら晴に慌てて制止された。

「アカンってぇー!!それはいくら何でもアウトや!!」

「……なにが?」

「ちゅーすんのも!『好き』や言うのも!俺だけにやろ!?弟でも許さんで!?」

 そう言って、対抗するように私を苦しいくらい抱き締めてきた。

「ぐえ、痛い……」

 晴の背中をバシバシと叩くと、真央があわあわしていた。

 とりあえず、近所迷惑だから中に入ろうよ。

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