第46話



「ただいま〜」

今日はバイトのシフトが長くて、帰ったんはいつもより遅い時間。この時間やったらななちゃんはもう帰宅しとるのに。出迎えてくれたんは冷たい空気と真っ暗闇。

日帰りの研修らしいけど、帰るんは俺より早いと思うって言うとった。

メッセージを送ってみても既読にならん。何なら3時間ほど前に送ったやつでさえ、返ってきとらん。ザワザワと胸騒ぎがして、じんわりと汗をかきながら通話ボタンをタップした。

思ったよりもすぐに呼び出し音は切れた。……出た!?

「もしもしッ!?ななちゃん!?」

自分から出た声は予想以上にデカくて、どんだけ焦っとんねんって自嘲した。

『は、る……』

聞こえてきた声は確かにななちゃんなんやけど。声が、震えとる。

「え、泣いとるん!?メッセージは返ってけえへんし、帰ってきたらななちゃんおらんし……どないしたん!?」

ななちゃんの声が聞けて安心したはずやけど、それも束の間。

「遭難した」っちゅう訳のわからん状況に電話越しでもうるさいんちゃうかってくらいの声が出た。怪我しとらんかが心配や。とりあえず普通に会話できとるし、命に関わる緊急性のある怪我はしとらんようやけど。

「大丈夫か!?怪我は!?」

『私は、してないけど……。橘くんが……』

その一言に、一瞬固まった。


「……橘が、一緒におるん?」

ポロッと出た言葉は言おうと思ったわけやなくて、思ったことがそのまま出た感じやった。自分、どんだけ重いねん。

そんな俺をよそに、崖から落ちた、とかまた笑えへんこと言いよって。

「ガチで!?ほんっまに無傷なんやな!?どんくさすぎやで……」

と呆れたら、だんまりのななちゃん。とりあえず、アイツが庇ってくれとったおかげで大きい怪我はしとらんわけか。

庇ったって、どうやって?──とは、追及せんことにする。想像するだけで頭ん中、沸騰しそうや。


「……なあ、ななちゃん。橘に、代わってくれへん?」

その要求は、一瞬戸惑ったようけど受け入れてもらえた。ゴソゴソと音が聞こえて、『……何?』と憎たらしい声がした。多分今めっちゃ嫌そうな顔してんねやろな。


「手ぇ出してないやろな?」

『……いきなりそれかよ』

自分で重いって自覚しても、少々反省しても、変われへん。それが俺やもん。特にコイツの前では、更に焦ってまうみたいや。


「当たり前じゃボケ。……でも、ななちゃん庇ってくれたことは礼言っといたるわ」

『……お前にお礼言われる筋合いないからいい』

「ホンマ可愛げのないやつやの」

『お前にだけは言われたくねぇよ!!』


普段から生意気やってよく言われる。ななちゃんに関しては特にやと思う。そらそうやろ?俺にとって年齢っちゅう一番大きくて越えれん壁を、ななちゃんの周りにおる男たちは生まれたその瞬間から越えてしまっとるわけやから。えらいハンデや。

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