第47話


「オマエ、変なことすんなよ」

『……保証はできないな」

コイツが言うことは冗談なんか本気なんか分からん。

「あ"?なんやと?」

思ったよりも低い声が出て、もう自分が重いとかそんなことも頭から吹っ飛んだ。

『……だってさぁ、アイツ。半泣きで縋るような目して見てくんだけど。……結構、キツいわ』

ふざけんな。意図せずしてやってまうのが、あの鈍感地味女のななちゃんで。軽く想像できてまうのが、また腹立つ。


「……マジで、手ぇ出したらコロスで」

俺の言ったことは冗談でも何でもなく、大真面目や。人気のない山の中。好きな女が泣きそうな顔して自分を見つめとる状況で、普通の男なら……。この絶賛同棲中で生殺し状態をキープしとる俺でさえ、理性がきくか分からん。


出来る限り牽制すれば

『……ガキ』

呆れたように鼻で笑う。……今んとこ、コイツの理性は正常に保てとるようやな。

「ガキで結構や。指一本、さわんな」

もう一度、確かめるようにゆっくりと告げれば大きくため息をついた。


『どーせお前GPSとかつけてんだろ?心配してねえよ』

……何で知ってんねん。誰にも言っとらんのに。

図星を突かれて黙り込む。けど、もうバレてもええわ。今、ななちゃんを助けられるんは俺だけなんやから。


「……すぐ助けたるわ」

『……冗談のつもりだったんだけど、マジかよ』

……墓穴。


「……アホか。あんなフラフラした女、野放しにしとくほどマヌケやないで。絶対に触んなよ」

『相変わらず、上からだな』

最後にもう一度釘を刺して、橘にななちゃんに代わってくれと要求した。


『……晴?』

「ん?」

さっきまで震えとった声は若干マシになっとって、俺は安心させるように問いかけた。

「すぐ助けたるからな?」

そう言うたら、グスッと鼻をすする音が聞こえて、また泣きそうになっとるななちゃん。

『帰れなかったら、どうしよ……』

弱音を吐く彼女に、思わず

「あほ!そんな縁起でもないこと言うな」

と叱れば、「……うん、そうだね」って返事が返ってくる。

「……大丈夫や。大丈夫やから……」

そう言い聞かせたのは、ななちゃんに向けてのはず。でも、自分に向けてでもあった。


「はやく帰ってきてや、ななちゃん……っ」

泣きそうになっとったにはななちゃんの方やのに、いつの間にか俺まで泣きそうになってしもてる。


世界で一番大好きな女にもしも二度と会えんやなんてことがあったら。俺は正常でおれるか?

あのへにゃ〜っとした笑顔も、優しい声も、あったかい手も、なくなってもうたら?

この5年間はななちゃんのためだけに生きてきたのに、いなくなったら?

……俺はどうやって生きていけばええんやろうか。


『……うん、まってて』

今はただ、そう言ってくれる彼女の言葉を信じていよう。ななちゃんは俺に変な嘘はつかんから。

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