第41話


「先生は、大学卒業したらどないするん?」

「……地元に戻って就職するつもり」


 先生がモテへんって聞いて、調子に乗ったんが悪かった。

「……は!?地元って東京やん!」

「そうだよ」


 ……いや、この時、聞いといてよかったんかもな。カテキョの期間が終わって、どこ行ったか分からんくなるくらいなら。


「なんでや!こっちでも仕事ぐらいようけあるやろ?」

 ガキな俺は、関係もないのにそうやって口出しして。引き止めたくて必死になって。

「……好きな人が、いるから」

 先生が告げた言葉を理解すると同時に、心臓に突き刺すような痛みが走った。

「……なんや、おるんやんけ」

「……彼氏じゃないもん。それに向こうは彼女いるし」

 先生の顔が曇ったのが分かる。……分かりやすすぎや、ホンマ俺よりガキっぽいやんか。


 まだ見ぬ先生の想い人。どんな男やねん、その幸せモンは。

 苛立ちと不安とで、ただ思ったことを口に出す。

「その彼女から奪えるんか?人の幸せぶち壊せるほどの度胸なんか先生にあるとは思えんで」

 言い過ぎた。それは咄嗟に思った。先生の顔が、泣きそうに歪められたから。


「……うん、たぶん、できないよ」

 震える声が、耳に残る。

「幸せに、なってほしいもん」

 辛いやろうに、笑ってんで。喉から手が出るほど欲しい相手なら、俺にもおる。目の前で、涙目になっとる年上の女の子。

 相手の幸せを願うなんか、偽善やとか弱虫やとか思っとった。でも、そんなこと思えんわ。先生の顔を見とったら。必死で笑顔を繕って、本気で相手の幸せを願う。

「……ええ女やな、先生」

 ポロッと出た言葉は先生の堪える涙を止めた。ぽかんとする顔はやっぱり可愛ええ。


 そんで、笑ったんや。

 さっきまでのニセモンの笑顔やなくて。俺が惚れた、世界一の笑顔で。


「……ありがとうっ!晴くんみたいな“ええ男”に言われたら自信持てるよ!」

 あー好きやな。誰にも渡したくないわ。ただただそう思った。


 俺が初めて感じた“嫉妬”やら“独占欲”やら。……ああ、それだけやないな。

“人を本気で好きになる”ってこと。中坊にやって、できんねんな。漫画や映画見ても全く理解できんかった。そんな感情が湧いてきたことなんかなくて、俺はどっかおかしいんかもって。そう思うくらいに未知の領域で。


 先生は勉強だけやなくて、大事なことも教えてくれた。ま、本人は思ってもみいひんやろうけど。



 もしもあの時、カテキョに来たのがななちゃんやなかったら。俺はその人に恋をしたやろうか。答えなんかわからへんわ。あの時、カテキョに来たんがななちゃんで、俺はその人に恋をした。それが変わりようのない事実やねんから。

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