第31話
「……ん」
意識を取り戻した私は辺りを見渡す。数時間は経ったのか、視界は真っ暗だ。最初はぼーっとしていたけれど、記憶を辿っていると呻き声が聞こえて、はっとする。目が慣れてきて一緒に落ちたはずの彼の姿を探す。
「橘くん!?」
顔を苦しそうに歪めた彼が私の下敷きになっている。
そういえば……ぎゅっと目を瞑ったと同時に、暖かな温もりに包まれた記憶がうっすらとある。きっと橘くんが、私を庇うように抱きしめてくれたんだろう。彼がクッションとなってくれたおかげで、私はほぼ無傷だった。
「大丈夫!?」
「……あんま、大丈夫じゃない……」
慌てて橘くんの上から退くと、上半身を起こした彼が苦笑した。
「足、やられた」
腕をさすっているから、痛みがあるんだろう。でも幸い骨折はしていなくて動かすのに支障はなさそうだった。だけど、問題は左足のようだ。痛みが激しすぎて動かせないらしく、立って歩くのは無理そうだった。
「ごめんなさい……」
私のせいだ、完全に。謝ってもどうしようもないけれど。いっそのこと怒ってくれたらいいのに。いつもみたいに呆れてくれたらいいのに。いつも意地悪なくせに、こんな時だけ優しい。
「俺の筋肉もまだまだだってことだな」
不器用な手つきで私の頭を撫でると、「これがあの彼氏候補だったらガリガリすぎて全身骨折だったな」なんて冗談を言った。
「……ほんと、馬鹿……」
冗談を言う元気はあることが分かって、少しだけホッとした。
~♪
スマホの着信音が鳴る。幸運にも、電波からは見放されなかったらしい。
画面を見ると予想通り、“晴”の文字。慌てて通話をタップする。
『もしもしッ!?ななちゃん!?』
「は、る……」
ただの機械から感じるはずのない温かさを含んだ声が聞こえてきて、涙腺が緩む。今は泣いている場合じゃないのに。
『え、泣いとるん!?メッセージは返ってけえへんし、帰ってきたらななちゃんおらんし……どないしたん!?』
少し焦った、高めの声。早口で捲し立てる晴にも、今はただ安心した。
「うう……。遭難した……」
『はああ!?』
晴の大声に耳がキーンとする。この静かな自然の中、橘くんにももちろん聞こえてプッと噴き出していた。
『大丈夫か!?怪我は!?』
「私は、してないけど……。橘くんが……」
晴には黙っていたことだけど、今はバレるとか言っている場合じゃない。早く助けてもらわないと、私はよくても橘くんは怪我をしている。私ではぱっと見ただけじゃその度合いは分からないけど、早く手当してもらうに越したことはない。
『……橘が、一緒におるん?』
「うん、私を庇って怪我してるの」
崖から落ちて……って言うと、『ガチで!?ほんっまに無傷なんやな!?』と念押しされ、『どんくさすぎやで、ななちゃん……』と呆れられた。
そして少し間があって、晴は橘くんに電話を代わってほしいと要求する。
「……橘くんに代われって」
「……はい?」
なんかゴメン、と思いながら、怪訝そうな顔をした橘くんにスマホを渡した。
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