第16話
「ただいまあ〜」
晴が気の抜けた声で部屋へ入っていく。私もその後に続いて、玄関でヒールを脱ぐと何とも言えない解放感。そして同じように「ただいま」と声をかけてリビングに入ると、晴が嬉しそうに笑っていた。
「……おかえり、ななちゃん」
柔らかい声が、私の胸を擽る。
「なあ、ななちゃん」
晴が頭をガシガシとかいて、その細い両腕を伸ばした。
「……おいで」
広げた腕に飛び込めと、そういうことだろうか。
できるわけがない。さっきだって彼の告白を断ったばかりだ。
じっと晴を見つめると眉を下げてフッと笑う。
「俺の気持ちも察してや」
「……どういうこと?」
首を傾げれば、はぁぁぁ……と大袈裟なほど深いため息をつく。
「このイケメンの俺様を差し置いて合コンに行って?迎えに行けば好きな女が他の男に触られて、デレデレされてるのを目の前で見せられて?挙げ句の果てに18回目の告白をバッサリ断られて?あー、泣きそうやわ」
最後のは棒読みだった!!確実に!!
だけど、本当に晴の言い分はもっともで。彼のセリフだけを聞けば酷いことをしているのも分かるから、ぐうの音も出ない。
「せやから、ホラ」
早くしろとばかりに促してくる。
……どうするよ、私。
「……わかった、もうええわ」
痺れを切らした晴が腕を下げ捨てられた子犬のような顔をするから罪悪感がすごい。
彼から目を逸らして視線を落とした。
「……ぎゃっ!?」
「……可愛くない声」
その一瞬の隙をついて、近付いてきた晴が下げたはずの腕で私を包む。
……包むというよりは、もっと強くて“抱き締められる”と言った方がいいのかもしれない。
「は、晴……?」
晴の心臓の音?それとも私の?
その温もりは不本意ながら落ち着いた。別の意味で、ソワソワしてしまうけど。
「……嘘や」
「え?」
「……むちゃくちゃ、可愛ええわ」
きゅーっと、喉が詰まったように苦しくなる。
背の高い晴の胸辺りにちょうど私の頭が落ち着いて、髪を優しい手つきで撫でられた。
「好きやで……」
甘い甘い声。晴の言ってた「覚悟しときや?俺、好きな女にはめっちゃ甘いで?」の意味が分かった。
「このまま、ベッド行こ……」
「はぁぁぁ!?」
柔らかい声に流されそうになったけど、そうはいかないからな!!慌てて離れようとするけどがっしりと捕まってしまって抜け出せない。
「……何を考えとるん?添い寝するだけやん」
「ばかっ!それも問題でしょ!」
ニヤリと笑うドS晴再び。さっきまでの優しい顔はどこへ……。
「弟みたいにしか見れんのやろ?俺のこと。せやったら大丈夫やんか」
「はあ!?」
「あ、もしかして男として見てくれとるん?」
「んなわけっ!!」
「ほなええやんか。一緒に寝ても問題ないやろ」
「ぐぬぬ……」
嵌められた……またしても、嵌められた!!
この流れは私が折れなきゃいけないやつだ……。
「……決まりやな」
私の膝をすくって横抱きに持ち上げると寝室へと運ばれる。ベッドに転がされたら隣に晴も寝転んで、また同じように隙間なく抱き締められた。
「あーもう、ホンマに好きやぁぁ」
「ちょ、苦しい!苦しいから!」
腕にありったけの力を込めてるんじゃないかってくらい強く締め付けられる。
化粧も落としてない。着替えてもない。もう若くはないんだからしなきゃいけないのは分かってるけど、晴が幸せそうに笑って眠りにつこうとしているから。それを邪魔できない。したくなかった。
「……愛しとるで」
ゆらゆらと揺らめく意識の中、今までで一番優しくて甘い声が聞こえる。下りていく瞼に逆らうことはせず、ほんの少しだけ、彼の胸に身を寄せた。
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