第15話


「……ななちゃんは、あんなやつが好みなん?」

 こちらを振り返らないまま、静かに問いかけられる。

「……べつに」


「あの人と連絡先、交換したん?」

「全員としたから」

 淡々としたQ&Aの応酬。晴はやたらとあの男の子を気にしているらしい。



「……ななちゃん、好きやで」


 やっと立ち止まって振り返った、晴の真剣な目とかち合った。

「……晴とは付き合えないってば」

「あいつとは付き合えるん?」


「あの人は……」

 あんな人と付き合って結婚出来たら──幸せだと、思う。

 思うんだけど。


「……ホラな?あんな男じゃ物足りんやろ?」

 勝ち誇ったような晴。「そんなことない」と言い返しても鼻で笑った。

「名前も覚えてない男やのに?」

 その言葉に、ハッとする。言われてみれば、“あの男の子”とは言っていたけれど、ずっと上の空で名前すらまともに覚えていないことに初めて気付いた。


 ……なんで晴はそれを知っているのかは、もう聞かない。彼が私のことをよく見ているのを知っているから。


「ななちゃんには、俺しかおらんって」

 な?と今度はふわりと笑うから、思わず頷いてしまいそうになった。


「ななちゃんは俺だけ見とったらええねん」


 絡んだ指先にぐっと力を入れて、強く握る。心地よい夜風が吹いて、火照った頬を冷ましてくれた。どうして晴はこんなにも私に執着するんだろう。


 色素の薄い瞳から、キラキラとした光が降り注いでくる。さっきリエちゃんを見つめた目にはこれっぽっちも含まれていなかったのに。


「俺がななちゃんしか見えていないみたいに、俺のことだけ考えて、俺にだけ笑っててほしい」

 誰かに必要とされること。それは心地良いことだけれど、どこか擽ったい。


 鋭いとは言えない私にだって、その一言一言に愛情が含まれているのが分かる。


「……それが俺の一番の夢やわ」

 叶えてあげられない、その願い。照れたように唇を噛んで笑う晴を見て胸が痛んだ。


 ごめん、それは“不可能”だよ。


「……そっか」

 私には、それしか言えない。



「ななちゃん、帰ろ」

 そんな私の思いを分かっているのかどうかは分からないけれど、一瞬だけその表情が寂しげに変わったのを見てしまった。

「……晴」

 再び歩き出した背中に、呼びかける。「んー?」とこちらを見ない晴に黙っていると


「どしたん?ななちゃん」

 優しい声に、なんだかホッとした。

「……なんでもない」


 いつか、この子も。私のことを諦めて、きっと他の人を好きになって、こんな風に告白するんだろう。キラキラと輝く瞳でその子を見つめて、笑いかけて、優しく名前を呼ぶんだろう。


 そんな、そう遠くもない未来のことを考えると……なんだか泣きそうになった。

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