もう一方の彼は2
「え?」
「駄目だ!絶対に駄目だ!」
「えっ……と、ヴィンバート様?」
目の前には混乱しているナビエラがいる。僕も何故叫んでいるのかわからない。わからないけど……1つだけ自分で理解しているのは、ナビエラの結婚が許せないと思っていること。
僕が第一王子として公式に表に出るようになってから8年近く彼女と一緒に仕事をした。僕の秘密を知っているからこそ、心を許せる存在だった。
国王になるのも、アンジェリーナ嬢と結婚するのも、僕の中では当たり前のことすぎてそこに意識を置いていなかった。
だけどナビエラのことは……僕の心の中では、彼女の存在が大きく占めていたことに今、気づいてしまったのだ。
コールだから駄目なのではなく、誰にも渡したくなかった。
他の男に微笑む姿など見たくない。
ああこれは……。兄上の気持ちがようやく理解出来た。あんなにも咳をしながら、ベッドに横になりながらも兄上は1日中勉強をしていたのは全てアンジェリーナ嬢のためだ。
それくらい兄上は好きなんだ。
「兄上、今なら執着する気持ちがわかるよ。やっぱり双子だな……」
小さく笑ってしまった。唯一、女性の好みが似なかったことだけは心から安堵する。
「あの?どうされたのですか?」
「その結婚の話、あと1年待ってもらえる?話を進めないでほしい」
「で、でも……」
「ナビエラの父上には伝えておくから。改めて時間を作って話そう」
「……?はい……」
不思議がる彼女を横目に見ながら、僕は焦った。
焦りに焦った。
どうすればいい?僕は国王になることとアンジェリーナ嬢が妻になることが決まっている。
でも僕は……ナビエラのことが好きなんだ……。
「ああっ!どうする?!」
「わっ?!どうされましたヴィンバート様?」
「ご、ごめん。資料を取りに行ってくるよ」
つい大声で叫んでしまい、ナビエラがビクッと体を跳ねて驚いていた。僕を心配そうな目で見る彼女を部屋に残し、誰もいない資料室に入ると、壁によりかかりながらそのままへたり込む。
好きって自覚すると……ナビエラの顔を見るのが恥ずかしい!!どうしようどうしよう、心臓がバックバク鳴ってる!口から飛び出そうだけどなにこれ!!
胸に手を当てて、深呼吸しながら自身を落ち着かせる。
「あれ?えっ……待てよ?ナビエラの結婚を阻止したのはいいものの……。僕、ナビエラの気持ちを聞いてない……」
あれ?もしかしてコールと結婚するのアリなの?え、それでも僕はナビエラが他の人と結婚するのは嫌なんだけど!!
数日後、初めて仕事ではなく完全にプライベートでナビエラをお茶に誘った。
仕事着ではないナビエラを見るのは初めてだった。
可愛いなぁ。改めて見ると、とんでもなく可愛いなぁ。なんであんなに瞳がキラキラしてるの?頬を染めちゃってさー。髪の毛もツヤツヤで、触りたくてしょうがない。
というわけでコールなんかにナビエラを渡さない!
「今日は……お誘いいただきありがとうございます」
なぜ急に、しかも初めてお茶に誘われた理由がいまいちよくわかっていないナビエラが、そわそわと部屋の中と僕を交互に見ている。そんな様子も、可愛くて良い。
「とても重要なことで、もう時間がないから率直に言うよ。僕はナビエラのことが好きだから誰とも結婚してほしくない。出来ることなら僕はナビエラと結婚したい」
「はぇっ?!えぇ?!」
彼女は変な声を出し、持っていたティーカップをガチャッとソーサーに戻す。彼女らしからぬその仕草は、それほどまでに動揺をしているのだろうと理解出来た。
「……とは言っても僕はいずれ国王になって、既に決まっている女性と結婚することになっている。だから結婚したくても出来ない。それで僕ーー」
「お待ち下さいっ、ヴィンバート様!」
思いの丈を全部伝えようとすると、僕の目を真っ直ぐに見ているナビエラに遮られた。きっと混乱しているよね。だって僕、国王になることが決まってるんだもん。そして彼女は婿を取ることが決まっている。絶対に結婚が出来ない二人なのだ。
……あっそうだ!その前にナビエラの気持ち聞くの忘れてた……。
「ああああのっ……わ、私のことをす……す……好きって……。えっ……あの……それは……」
「ついこの間、気づいちゃったんだよね。でもごめん、ナビエラの気持ちだってあるのに、コールとの結婚をやめろだなんて勝手なこと言ったよね」
「あ……あぁ……ヴィンバート様……そんな……」
「えぇっ?ナビエラ?!どうしたのっ?!」
僕を見たまま、顔を真っ赤にして涙をポロポロこぼし始めたナビエラに今度は僕が動揺する。なに?どうした?将来結婚する相手が決まっている僕からそんなこと言われて、こいつ非常識すぎるだろとか思ってる?!……まあそう思われてもしょうがないけどさ……。
「今更……そんなこと仰るんですか……。ヴィンバート様への長年の片思いを断ち切ろうとしたこのタイミングで……」
「っ?!……僕のことを好きだったの?」
「そうですわっ……!」
「でも、そんな素振りは少しも……」
「出来るわけないでしょう!貴方様には結婚相手が決まっていて、私は婿を取る。絶対に結ばれないのに想いを抱いているなど、口が裂けても言えませんものっ!」
両手で顔を覆い、嗚咽をこぼしながら下を向くナビエラ。
どうしよう……泣いている姿でさえ、愛おしく感じてしまう……。彼女の近くに行き、ハンカチを差し出した。
「僕の運命は決まっていて、その道以外を選ぶには兄上の病気が治らなくちゃいけないんだ。でも僕は君と結婚したいという気持ちは本音なんだよ」
「ですが……その可能性は……」
「わかっている……だから頼みがある。あと1年だけ結婚を待ってほしい。僕とナビエラが結婚出来る可能性は低いし、女性に待たせるのは本当に酷い男だと思う。けど僕は君と結婚したいし、君の父上であるダグラス侯爵の望み通り、婿に行く」
「そ、そんな簡単に王座を捨てるのですか?!だって国王と侯爵家の婿じゃ全然違いますわ……」
「僕は元々、国王でもそうでなくても、どっちでもいいと思っていたし。それに、僕の将来結婚する予定の人は、兄上と相思相愛っぽいからね」
「えっ?本当ですか?それはまた……複雑な……」
ナビエラは顔を上げて僕を見ると、気まずそうな顔で苦笑いした。
「兄上がなぜ今必死で勉強してるか。それは自分が国王となって、最愛の彼女と結婚したいからなんだよ。動機なんて不純さ。僕も双子だからそこが似ちゃってるよね、アハハ」
「……笑い事ではありませんわよ」
ナビエラは泣き腫らした目で僕を見ている。つい最近自覚した恋心ではあったけど、きっと……もっと前から僕は、彼女と共に人生を歩みたいと思っていたんだろう。
何年も同じ場所にいて、一緒に働いていたからこそ、気づくのが遅かった。もっと早く気づいていれば、対策を練る時間がいくらでもあったのに。
……今更そんなこと言っても遅いんだよな。
「兄上と相談して、父上にかけ合うから。君には非常に不利だし、もし駄目だったら……。僕が……うん、僕がもっといい縁談を君に持っていくから……。君への最初で最後のワガママを言っていいかい?」
「ワガママだなんて……私だって、叶うのならあなたと共に生きたいと思っております」
彼女の手を握る。潤んだ瞳と、頬を染めて微笑む彼女は美しく、この手を放してはいけないのだと感じた。もう時間がない。自分勝手だとは思いながらも、彼女に願った。
「ありがとう……。僕は何としてでも君と結婚できる方法を探す。だからお願い、僅かの可能性を信じて待っていてほしい」
「はい……」
椅子に座ったままのナビエラの頭を僕の体に引き寄せて抱きしめる。僕のお腹のあたりに顔をうずめている彼女は自分の腕を僕に伸ばしたものの、すぐに引っ込めた。こんな時でも、節度を守る彼女に笑ってしまった。
「な、なんですか……」
「いや。今とてもいい雰囲気なのに、伸ばした手を引っ込めたのが可愛いなあと思って」
「当たり前ですわ!仮にも結婚相手が決まっている御方に抱きつけませんわ!」
「うん、そういうところも好きだよ。ずっと昔から知ってるから。必ずその君の手が僕を抱きしめてくれるよう、頑張るよ」
「あまり期待しないで待っております……」
ナビエラは静かにそう言った。僕は彼女が放ったその言葉を後悔させてやると心の中で誓い、藍色の艷やかな髪を撫でた。
もう1年を切っている。僕も兄上も、絶対に望む道へ進むための方法を探さないと。
さーて、兄上に相談しに行こう。ナビエラの可愛いところいっぱい教えてあげなきゃ!
兄上と同じように好きな人が出来た嬉しさを噛み締めながら、僕は小走りで兄上の部屋へと向かった。
〜完〜
薬草オタクの公爵令嬢、将来を誓った人が実は王子様でした。 山春ゆう @yamaharuyou_desuyo
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