もう一方の彼は1
ヴィンバート・デオルドのサイドストーリー
〜〜〜
「やはり無理だったか」
「申し訳ございません、陛下」
「いや、困難だというのはわかっている。とりあえず症状に合う薬は作ってくれ」
「はい……」
申し訳無さそうに頭を下げ、父上と共に部屋から出るスコットレイス公爵。
数百年に一度あるかないかという、生まれながらにして瘴気を宿した兄上の体。
顔はそっくりなのに、顔色は別人だ。血が入っているのかと思うほどに青白い日のほうが多い。僕と兄上だけが残った部屋で、兄上に声をかける。
「兄上、僕が兄上の瘴気を半分貰えば……」
「何言ってるんだよヴィンバート。こんなの一人だけで充分だ!ヴィンバートは健康なんだから、僕の代わりを頼むよ」
「うん、頑張る」
兄上は眉尻を下げながら小さく笑った。
第一王子である兄上が体が弱いなどと公表出来るわけがない。だから、“弟が病弱で生まれた”と公表した。公式にはまだ僕は表に出ていない。でも親しい貴族には会ったりしていたため、兄上の代わりに僕が第一王子として振る舞うことが多かった。
そんな中、最近兄上の機嫌が良いことに気づく。どうやら、自分の薬を作ってくれているスコットレイス公爵家のアンジェリーナ嬢と密かに会っているらしい。
いつも静かに過ごしていた兄上とは別人のように明るく、血色が良くなったのかと勘違いするほどだ。
父上から、アンジェリーナ嬢が王妃になることが決められていると告げられたとき、兄上はとても複雑な表情をしていた。聞いた瞬間は花が咲いたように喜んでいたような顔だったのに、その後に目を伏せて悲しそうな顔をする。
きっと……自分にも可能性があることと、その可能性が低いことを気にしているんだろう。
僕は正直、国王でもそうでなくてもどっちでもいい。もし兄上が即位して僕が国王にならなかったときは、兄上とこっそり入れ替わって遊ぼうかなと思っていた。
でもそんな冗談も言えなくなった。
僕が第一王子のジルジートとして、完全に表へ出ることが決まったからだ。
それはつまり、僕がアンジェリーナ嬢と結婚するということ。兄上が彼女と結婚出来ないということだ。
国王になることも、将来のお嫁さんが決まっていることも僕は別に気にしていない。
だけど一番心配なのは兄上のこと。
父上に今頃伝えられているだろう。僕は少し経ってから、兄上の部屋へと向かった。
ドアをノックしようとしたけど、その手は止まる。
「兄上……」
部屋の中から、苦しい叫び声が聞こえた。本当なら、兄上が何の問題もなく彼女と婚約し、国王に即位したはずなのに。
瘴気というよくわからない病気のせいで、兄上は色んなものを取り上げられているのだ。
「兄上、僕が即位しても、彼女と兄上が一緒にいられるようにしてあげるから……。だからそんなに泣かないでよ」
僕は兄上の部屋の前に座り込んだ。兄上だけがなぜあんなにも苦しい思いをしなければならないのか。元々はきっと明るい性格のはずなのに、病気のせいでどんどん悲観的になっている。
僕は少しでも兄上の気持ちを理解したくて、泣き叫ぶ声が聞こえなくなるまでずっとそこにいた。
「あ、そっちの書類取ってもらえる?」
「はい!」
僕が第一王子として表に出てから、一気に仕事が増えた。たまに兄上の助けをもらいながら、次期国王としての仕事を進める。
今隣にいるのは、現宰相の一人娘であるナビエラだ。彼女の家、ダグラス侯爵家は代々宰相として国に仕え、長男がそれを引き継いできた。
しかしナビエラが生まれたあとに子が出来ず、子はナビエラ一人だけなのだ。
そのためいずれはどこかから婿養子を取り、彼女のサポートで婿を宰相にするらしい。
イエローグリーンの大きな瞳と、肩ほどの長さの藍色の髪を靡かせながらやってくる。
「どうですか、兄殿下の意見は。この領地の生産量のこと、何て仰ってました?」
「いや、最近のじゃなくてもう少し過去に遡れって言われた。見る限り……20年前はそんなに変化はないな。あの男爵に代わってから、徐々に減ってる」
「ではやはりあの男爵が……」
「調査してもらうか」
「はい」
ナビエラは部下を呼んだ。兄上は頭が良く、僕達が見えていない角度からの意見をくれるので本当に助かっている。
ちなみにナビエラは僕が本当は双子の弟だということを知っている。秘密を王族のみにしておくと、万が一王族がいない状況での怪我や病気の処置が危険になるため、宰相とナビエラには誓約書と共に秘密を打ち明けた。
1つ年下のナビエラ。女の子なら本来、こんなところで仕事なんてせずにドレスやらアクセサリーやらを親に買ってもらって、歳の近い女の子たちとティータイムを楽しんでいる年頃なのに。
「いつもありがとう。大変なときはちゃんと言ってね?」
「いっ!いえ……。将来のためにやらなければいけないのですわ」
「ナビエラがこんなに優秀なら、将来のお婿さんも安心するんじゃないかな?」
「そう、ですね……」
彼女はどこか淋しげに、目を伏せながら微笑んでいた。
ある日、僕は宝石商を呼んだ。
「んー、どれにしようかな」
「婚約者に贈るのですか?」
「いえ、いつも頑張ってくれている女性に友人として贈るんだけど、僕まだ14歳だし、気持ち的に重くない贈り物だったらどれがいいですか?」
嫌な顔せずに仕事をするナビエラに、感謝の気持を込めて何かを贈ってあげたかった。かと言って僕は将来アンジェリーナ嬢と結婚することが決まっているので、ネックレスやイヤリングなどの恋人のような男女間の贈り物はまずい。
うーんうーんと唸っていると、同じように唸っていた宝石商がポンと手を叩いた。
「お仕事をされているのですよね?宝石入りのガラスペンはどうでしょう。永く使えますよ」
「ああなるほど!それなら実用的だしいいね。じゃあ……瞳の色と同じ、ペリドットにしようかな」
宝石商に制作を依頼して、僕は仕事に戻った。ナビエラ、喜ぶかな?
そういえばアンジェリーナ嬢にも何か贈ったほうがいいのか?でも正式に婚約していないし……そもそも、アンジェリーナ嬢は自分が王妃になること知ってるの?
これは下手に僕が何かを贈るのはマズイよな……。兄上も将来のために必死で勉強してるし。
とりあえず贈るのはやめておこう。色々拗れる予感がする……。
「ナビエラ」
「はい」
いつものように仕事をしている彼女を呼び止めた。
「これ、君にプレゼント」
「……。えっ?!」
僕の言葉を聞いて一瞬固まった彼女は数秒後、目を大きく見開いて叫んでいた。
「君のおかげで仕事が捗ってるから。これからも頑張ってね」
「あっ……。ありがとうございます……」
受け取った彼女はそっと蓋を開けると、再び驚いていた。彼女の瞳と同じ色の宝石がキラキラと光を放つガラスペン。
ペンの入った箱を見ながら彼女は震えていた。黙って俯いている。顔を覗くと、瞳が潤んでいることに気づく。
「どうしたのナビエラ?もしかして気に入らなかった?」
「っ!そんなことありません!本当に……嬉しいです。一生の思い出にいたします……ありがとうございます」
箱を大事そうに胸に抱えたナビエラは、こちらを見ずに「少し失礼します」と言って部屋を出ていった。
気に入って……くれたんだよね?後でもう一回聞いておこう。彼女が嫌だと言ったら別の物を用意させなくちゃ。
その後数分して戻ってきたナビエラに再度聞くと、嬉しそうに「本当に本当に気に入りました!」と言ってくれた。その後いつもどおり仕事に戻った。ほんの少し、彼女の鼻の頭が赤く染まっていた。
時は流れ、僕は19歳になった。
あと1年で僕も結婚して国王になるのか。スコットレイス公爵も色々と調べてくれているけど、兄上の病気を治す薬は未だに完成しない。
文献の通り、あと数年で死んじゃうのかな……。僕の唯一の兄弟であり、分身のような存在なのに。
やりきれない気持ちを抑え込むように仕事を進めた。
「あの……ヴィンバート様」
「どうしたの?」
部下が部屋を出ていったあと、神妙な面持ちでナビエラが僕の元へ来た。
何か相談事なのだろうか。
「……私、結婚が決まりました」
「……」
彼女の言葉を聞いた時、僕は全身に冷や汗が湧き出るほどに動揺した。
いずれそうなるのは知っていたはずなのに、何故か今、僕はとても嫌な気持ちになった。
「そ、うなんだ……。どこの家の人?」
「ボードロイ侯爵家の次男、コール様です……」
ガタッ!
その名を聞いて、思わず立ち上がる。
「だ……だってコールは……」
政治の上層部にいる男。確かに政治能力はある。
しかし、女関係に難ありまくりの男だ。
それに……。
「あの男は、もう37だぞ?!18歳のナビエラと結婚するなんてっ!」
ありえない。こんなにも優秀で努力家のナビエラがあんな男と結婚して、しかもそいつが宰相になるなんて!今よりも傲慢になるのは目に見えている!あいつがなぜ結婚していないかなんて、誰もが周知の事実なのに!
「あいにく、宰相を任せられそうな歳の近い殿方がおられないのです。ずっと父上も悩み続けていたので私の婚約者もなかなか決められず、ようやくコール様で話をつけるそうです」
「……駄目だ」
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