第2話 美味
「では、調理を開始します」
わたしはこうお伝えして奥の厨房へと向かいます。そうそう、訊き忘れたことがありました。大事なことです。
「お客様、味付けはどうなさいますか」
「……お任せします」
「わかりました」
どうやら、彼にとっては味付けなんてどうでもいいことみたいですね。まあ、仕方がないことです。なにせ、初めて幽霊を食べるんですから。でも、一応この店はレストランですから。お客様には味に満足して頂きたいのです。味に定評がなければ、あっという間に潰れてしまいますからね。
わたしは決めていました。男の話を訊いて、これだと。この食材に合うのはこれしかない。きっと、ご満足頂けるのではないでしょうか。
三十分後、男にお出しする料理が出来上がりました。
わたしは男の背後から、ゆっくりと近づき銀のトレーを置きました。
「出来ました。さあ、お召し上がりください」
男が固唾を飲んで見守るなか、わたしは銀のクロッシュを開けます。スパイシーな湯気の中から、その料理の姿が現れます。
男はごくりと唾を飲み込ます。
「これは……何という料理ですか?」
「そうですね……強いてあげればメートレスでしょうか」
「メートレス……」
「はい。貴婦人、という意味です」
わたしは深々とお辞儀をして、「ごゆっくりお召し上がりください」と席を離れました。
狭い店内に香辛料の刺激的な香りが充満します。そう。この食材には、グレイビーソースのような優雅な味付けは似合いません。刺激的な辛味、酸味、苦味が最適です。
「う、旨い……!」
そうでしょう。毎回、この瞬間だけは得意気になります。こういっては何ですが、腕に自信はありますので。
男は「旨い旨い」と連呼しながら、夢中になって料理を頬張っていました。狭く静かな店内には、かちゃかちゃとナイフとフォークで料理を切る音や、くちゃくちゃと男が咀嚼する音だけが響き渡ります。
やがて、男は料理を食べ終えて、大きな感嘆の声とともに感想を述べました。
「こんな旨い料理は初めてだ」
「ご満足頂けましたか?」
「ああ」男は膨らんだ腹をポンと叩き、満腹感をアピールしました。「この世のものとは思えない旨さだ」
「それは、よかったです」
「まあ、この世のものではないものを食べてるから、そりゃ当然か」男は、はははと甲高く笑いました。
ついさっきまで、おどおどしていた彼はこんな冗談まで饒舌に喋るぐらいに高揚していました。料理人冥利につきるというものです。
「食ってやったぞ、ざまあみがれ。もう俺の目の前には出てこないですよね」
「おそらく」
わたしは言いました。確かに、お客様は女の霊を平らげました。
「いやあ、よかった、よかった。除霊できないなら食べてみるもんだな」
男の話は尽きません。
わたしはおもむろに口を開きました。
「そろそろ、お会計のお時間ですが……よろしいですか」
男は「ああ」と名残惜しそうに声を漏らし「いくらですか?」と言いました。
「五十万です」
男は一瞬動きを止めましたが、すぐに「まあ、それぐらいの価値はありましたね。カードは使えますか?」とご納得された様子でした。
そして、帰り際にわたしに向かってこう告げました。
「また、きます」
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