第3話 注文
「いやあ、お久しぶりです。また来てしまいました」
暫くすると、再び同じ男がご来店されました。
ほほう。なるほど。
わたしは目を細めて、あえて問い掛けました。
「まだ、以前の女の霊が見えるのですか?」
男は奇妙な笑みで首を横に振りました。
となると。
「別の霊にとり憑かれている。というわけですか?」
「その通りです」
さぞかし、この方は霊感が強いのでしょう。初めてご来店されてから未だ一月も経っていないというのに、この店に再びご来店されるとは。
「値段は前回と変わらず、ですかね?」
「はい」
また、お金に糸目をつけない方でもあります。
いやはや、嬉しい限りでございます。
男はわたしに促されることなく、ずんずんと店内に入り椅子に腰かけました。
ぐるりと狭い店内を見回したあと、にっこり笑って、
「また、調度品が増えましたね。アンティークがお好きなんですか?」
「はい。お恥ずかしい限りです」
「いいご趣味ですね。アンティークはいいですよね。なんというか、この優美な感じが。見ていて癒されます」
「喜んで頂けたのならなによりです。わたしもこれらに目がないもので、最初は骨董品店から始まり、今では海外まで行きオークションに参加するようになってしまいました」
「海外まで行かれてるんですか。ちなみに、どちらまで?」
「専ら米国でしょうか。かの国が、一番種類が多いんです。まあ、格式ならば英国でしょうか」
「なるほど。趣味はどこまでも没頭してしまうものですよね。私も、そんな時があります。趣味は自分では止められないんですよね」
「さようですか。お客様は、どのようなご趣味を持っているんですか?」
「いやあ」男は恥ずかしそうにかぶりを振って、「人様にお聞かせするものではありません。自分から話を振ってしまってなんですが……」
これは失礼しました。ここはただのレストラン。お客様のプライベートを詮索するものではありませんね。ここでは互いの利害が一致しています。お客様はとり憑かれた霊を食べたい。わたしは見返りとして金銭が欲しい。これ以上でも以下でもありません。
「それでは早速ですが、お聞かせ願えますか?」
男は饒舌に語りだします。
「彼女の霊はいきなり実体をもって現れました。前回のような白い靄。そんな前置きはありませんでした。
一月前のことです。私は満員電車に揺られていました。その日、いくら通勤ラッシュとはいえ、必要以上にぐいぐいと背中を押されていました。たまにいるんです。隣の乗客に体を預けるようにして楽な姿勢を取り、居眠りしている会社員が。そんな類の迷惑なやつだろうと、私は強く押し返しました。すると、向こうも負けじと、こちらに自分以上の強さで押し返してきます。私はむきになりました。ただでさえストレスな満員電車に揺られています。いらつきを押す力に変えて、後ろの乗客にぶつけました。何度も押しては押し返され。そんな不毛な応酬が続いたあと、文句の一つでも言ってやろうと振り返りました。
しかし、そこにいたのは疲れ果てた会社員や、ふてぶてしい学生ではなく、一人の青白い女の顔がありました。この世のものではない。私は直感的にそう感じました」
なるほど。実に興味深い話です。通常、霊というものは靄やプラズマなど実体を伴わない、一種の現象として対象者に接近してくるものです。それが、そんな前振りもなくいきなり姿を現すとは。
「お客様に、何か心当たりはありますか?」
いいえ。男はそう答えました。
さようですか。これまた面白い話です。そこまで強い霊にとり憑かれても、当のお客様ご自身には全く心当たりがない。
これは、結構なことです。さぞかし良い料理ができることでしょう。
わたしはお決まりの台詞を言いました。
「それでは念のため確認ですが、お召し上がりになりますか?」
「はい」
食べます。男はそう言い、続けざまにこうも付け加えました。
「今度は出汁をきかせた和風な味付けがいいな」
出汁をとるのに時間がかかり、一時間もかかってしまいましたが、満足のいく料理ができたと思います。男が目を見開き見守るなか、銀のクロッシュを開けます。上質な乾物から煮出した出汁の香りとともに、その料理が現れます。
「出来ました。さあ、お召し上がりください」
男は目を輝かせました。
「この料理の名前はなんですか?」
「プレジールです」
「プレジール。どんな意味ですか?」
「少女、という意味でございます」
男は傍らに、わたしがいようとお構いなしに、料理にむしゃぶりつきます。
「う、旨い……!」
男の箸は止まりません。ぐちゃぐちゃと咀嚼音を立てながら、本能のおもむくままに一心不乱に貪りつきます。きっと、原始的な人類の食事風景もこのようなものだったのでしょう。食への抗いきれない欲求とは、この姿をいうのでしょう。
「この世のものとは思えない! なんて旨さだ! 言葉では言い表せられない!」
こんなにも喜んで頂けるものですから、わたしはサプライズを用意しました。
それは、デザートです。
わたしは厨房から一つの料理を銀のトレイに乗せて運び、かちゃりとテーブルに乗せました。
「これは、当店からのサービスになります」
男は満面の笑みで言います。
「この料理の名前はなんですか?」
「クリムです」
「クリム。どんな意味ですか?」
「見た目通りになります」
たっぷりとクリームソースがかけられている、見た目からして甘いケーキのようなデザートです。
男は魅入られるようにフォークで一刺しすると、一気に平らげました。皿についたクリームソースに舌を這わせると、愛おしむように一滴残らず舌で掬います。
全ての料理を自身の胃袋におさめると、天井を仰ぎ見て、暫し至福の余韻に浸っているようでした。ですが、これは決まりごとですので、お伝えせねばなりません。
「そろそろ、お会計のお時間ですが……よろしいですか」
男は、虚ろな目をしながら感嘆の声を漏らし「また、来ます」と言いました。
「いつでも、お待ちしております」
わたしは、そうお応えしました。
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