北極オオカミ

 私は生まれ変わった。

 それ迄の私の猟は荒かった。島一番の猟師と言われたくて、立派な獲物ばかりを狙っていた。分別無く狩ってはならない者を狩り、何度も痛い目にあった。結果的に家族を養えるだけの獲物を確保する事は出来なかった。

 姿が変わったわけではないが、シロクマに平手打ちを食らったあの日から、人間のエゴを捨て、野生に生きる者達の一員としての暮らしを始めた。一度死んだ者として、本当の生きる覚悟という物が生まれた。


 猟る事よりも、観て、聴いて、嗅いで、触って、彼らを知る事を大切にした。生き物同士の関係、大地との関係、全てが繋がっている事を知れば知る程心は惹かれていった。

 少しずつ、分かるようになっていった。猟るべき物、猟ってはならない物。生き物達の声が聞こえるようになり、野生に生きる者達の一員になれたと思えた時には既に十年程の年月が流れていた。


 そして今から十三年前、五十五歳の時の事。

 秋が深まり、冬支度の為に少し大きな獲物を確保したいと思って猟に出たが、その日は何にも出くわす事さえ出来ないでいた。もう少し遠く迄足を伸ばそうかと思ったが、今日は引き返すようにと何かが囁いた気がした。

 家の方向に歩みを変えて暫くたった頃、クーンクーンと私を呼ぶ声が聞こえた。オオカミが「ちょっと来て」と言っているのが分かった。

 獣の匂いが鼻をくすぐる。枯れ草の中に小さな巣穴があって、一匹の母オオカミが生まれたばかりの仔オオカミに乳を与えている所だった。その中を覗き込んだ私は自分の目を疑った。

 産まれたばかりの四匹の仔オオカミに紛れて、小さなの人間の赤ん坊が必死に母オオカミの乳首にかじり付いているではないか!

 母オオカミは覗き込んでいたビゾの顔を見上げた。

「この子は私がここまで育てました。どうか引き取って育てて下さい」

 そう言っているようだった。

 どうして人間の赤ちゃんが⁉︎

 生後二ヶ月程の男の子。おそらく捨てられていたこの子を母オオカミが巣に持ち帰ったのだろう。

 男の子の生命力は凄まじい。あの乳の飲み方は獣の本能のように見える。

 何とも痛ましい。私がその子に手を差し伸べると、その子は鋭い視線を向けた。薄いブルーがかったその目は怯えているようでいて、それでも強い生きる意志が見えた。

 私の手がその子に触れた時、その子は低い声で「うー」と唸り、私の手に噛み付いてきて離さない。ほんの小さな歯がいっちょ前に手に刺さっている。

 母オオカミがその子を突き飛ばすと、その子は呆気なく転がって「くーん」と鼻を鳴らした。母オオカミは冷たく、そして優しくその子を突き放し、この人の所に行くんだよとさとしているようだった。その子はそれに従い、私はその子を抱いて家に帰った。



 私がルーフと名付けたその子はすくすくと育ち、オオカミの乳で育ったからなのか、運動能力はずば抜けていた。そして私が何十年もかけて理解した野生の法則のような物を、ルーフは生まれながらに身に付けているようだった。

 狩に出掛ける時には、赤ん坊の頃から背負っていたし、いつも一緒だった。ルーフは野生に生きる者達を本当によく観ていた。そして全ての者に敬意を持っていた。誰にも教わる事なく、祈りを捧げ、涙を流す事も多かった。

 ・・・


 十三歳になった今、その身体はまだ大人のそれではなく、力も強くはないが、狩をするには巧みな技で充分カバー出来る。

 私が居なくても、充分一人で狩を行えるだろう。


 再び今、この時に思いが戻った。


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