隣のクラスの転校生 ー小学2年生ー

 あれは確か、小学2年生の時。

 学校につくと、今日は転校生が来るという話題で持ちきりだった。

「真弓ちゃん、今日転校生が来るんだってね」

「そうみたいだね、でも私たちのクラスじゃないんでしょ?」

「うん、隣のクラス」

 桜火の話題を初めて口にしたのは、たぶんこの時だった。クラスの女の子が声をかけてくれた時。

 正直、自分には関係のないことだなあと思った。転校生が来るというのは、確かにそわそわするし、ワクワクもする。だけど、隣のクラスでは関わることもほとんどない。

「真弓ちゃん、楽しみだね」

「うん、そうだね」

 クラスの子の言葉に、何にも考えずに私は同意した。その子は、私が頷いたことに満足そうに微笑んで、『ほら、全校集会の時間だよ』と私の手を引いて体育館まで連れ出した。

 体育館は、すでに人でいっぱいだった。

「ちょっと来るの遅かったね」

「間に合ってるからいいのよ」

「お前ら、静かにしろー。全校集会始まんぞ」

「わ、先生来た」

 先生の声を聞いて、同心円状に音が消えていく。何人かの人たちは、周りが静かになったことに気づかずにしゃべり続けて、注意されてから気まずそうに口を閉じた。

「皆さんが静かになるまで67秒かかりましたよ」

 司会の先生がお決まりのセリフを話す。うわ、なんだか感じ悪いって思うのはたぶん私だけじゃないはず。

「今日は、転校生を紹介します」

 校歌斉唱とか、校長先生の話とか、そういういつも通りのやることが一通り終わった後、先生が言った。私たち生徒からしてみると、これが本日のメインディッシュだ。周りの子たちが、少しざわつく。

「はい、じゃあ登壇して」

「はい…」

 スイッチの切れていないマイクが、かすかに先生と転校生の会話を拾う。私の耳が不安そうな転校生の声を聞いて、少し緊張する。

 転校生が階段を上る。1人…2人…。あ、転校生って2人だったんだ。私はてっきり転校生は1人だと思っていたので驚く。

「はい、みなさんいいですか」

 転校生が壇上に上がると、体育館が少しざわついたので先生が制した。

「転校生のお2人です。はい、じゃあ自己紹介してくれるかな」

 まず、マイクを渡されたのは私よりも学年が上に見える大人っぽい女の子だった。

「雲松十花です。今日から4年3組でお世話になります。よろしくお願いします」

 2歳年上の4年生。やっぱりお姉さんだった。堂々と自己紹介する姿がなんだかとてもかっこよく見えた。それにしても雲松って、風花と一緒の名字だ。珍しい名字だから、同じ名字の人は見たことがないって風花は言っていたけれど、見つけてしまった。今度教えにいってあげよう。

 幼馴染のことを考えていると、マイクは隣の男の子に渡っていた。瞳が不安げに揺れていて、思わず『頑張れ』と心の中で祈ってしまう。私は身長順で、一番前に座っており、彼の顔が間近に見えた。…頑張って、頑張って。

「あ、僕は相川…じゃなくて、雲松桜火です。今日から、2年4組です。…よろしくお願いします」

 これが、桜火を認識した初めての瞬間。第一印象、不安そう。ただただ、とても不安そうな顔をしていた。

「真弓ちゃん、何をお祈りしているの?」

「あ、え?」

 私は気づいたら、『頑張って』と祈っているうちに両手を組んで握りしめていた。




「ただいまー!おじー-ちゃー-ん!」

「おうおう、なんだなんだ騒がしいな。おかえり、真弓。どうした」

 その日は、家に帰って玄関を開けるなり、大声でおじいちゃんを呼んだ。早く、『雲松』の名字について話したかったのだ。

「今日ね、今日ね」

「おうおう」

「雲松って名字の兄妹がね、転校してきたの。風花と一緒!」

「あ、そのことなんだけどよ…」

「ごめんくださーい」

「わ、笑美さんだ!」

 私が、息継ぎもそこそこに早口で話をしていると玄関から女の人の声がした。この透き通るような優しい声は笑美さんだ。私は、声がした瞬間に玄関に向かって駆け出した。おじいちゃんが何か言いかけていたような気がしたが、まあ後で聞こう。

 笑美さん。商店街のはずれにある大きなお家に住んでいる、おじいちゃんの昔からの知り合い。その子どもが風花で、私の2歳下だ。

「笑美さん!今日ね、今日ね、雲松って言う名字の兄妹が…」

「あら、ちょうどその話をしに来たのよ。十花、桜火、この子がまゆちゃん。北条真弓ちゃんよ」

「え…」

 廊下を全力疾走して、減速をしながら話をはじめ、笑美さんの前で急ブレーキを踏むと、笑美さんの後ろから今日の転校生2人が顔を出した。

 私は思わず言葉を失う。ジェットコースターくらい激しく、熱量が変化したと思う。『真弓ちゃんは本当によく表情筋が動くこと!』って、商店街のおばさんからよく言われるし、その自覚もあるのだ。

「わー!今日の転校生!!」

「あっ…一番前に座ってた女の子だ」

 そしてまた、私の熱量は頂上へと戻る。脳が、今目の前にいる子の顔と、今日体育館の壇上で見た子の顔が一致すると判断を下し、私は思わず大声をあげた。

「あら桜火、もうまゆちゃんと知り合いなの?」

「ううん…今日僕が自己紹介してる時に、一番前に座ってたのを見つけただけで…」

「よく覚えていたわね…?」

「お祈りしてるみたいに手をこうしてたから」

 転校生の男の子は、そういいながら両手を組んでお祈りのポーズをした。見られてたのか…

「まゆちゃん、何をお祈りしてたの?」

 笑美さんが優しく笑いかけてくれる。

「あ、いや、その…おう、ひくんが不安そうな顔をしてたから、頑張れーって思って」

 私は急に恥ずかしくなって、しどろもどろになってしまう。うつむいて、笑美さんの言葉を待つ。

「まゆちゃん…」

 笑美さんが口を開いた。

「もう、大好きよ!本当いい子なんだから~!」

 そう言って、笑美さんは私を思いっきり抱きしめて髪をわしゃわしゃかき回してきた。これが、いつもの流れ。笑美さんは、いつもこうやって私を抱きしめて『大好きだよ』って言ってくれる。私はこの瞬間、胸があったかい気持ちでいっぱいになるのだ。くすぐったくて、心地いい感覚。

「あ」

 抱きしめてくれた笑美さんの肩に顎をのっけると、転校生の男の子と目が合った。

「僕のために…お祈りしてくれてたんだね。ありがとう」

 わ、すごく嬉しそうな優しい笑顔。これが、私と桜火の目が初めてあった瞬間。

「お、またやってんな笑美。真弓をつぶさない程度にしてくれよな、ハハハ」

 後ろから、おじいちゃんの声がした。

「当たり前ですぅ。こんなかわいい子をつぶしたりなんかしませんよ」

「へいへい、好きなだけ抱きしめとけ」

「やったー!」

 笑美さんはまた、抱きしめる力を強めた。そしてしばらくしてこう言った。

「色々あってね、この2人は私たちの家族になったの。仲良くしてくれるかな」

 そこから、隣のクラスの転校生は『雲松桜火』として私の人生に登場するようになるわけである。







【お詫び】

 前回のお話に出てきた肉屋の神崎さんなのですが、以前登場したときは『魚屋さん』設定にしていました…。神崎さんはお肉屋さんです。以前の登場回は、肉屋に訂正しておきました。本当にすみません。

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