第56話 たまにはおしゃれをしてシーフードカレーでも2 ー雲松桜火ー
平日ということもあり空いている店内で、僕達は一番海がよく見える窓際の席に案内された。
「桜火もシーフードカレー?」
「うん」
席に座った真弓が、メニューを広げて一通り目を通したあと、僕に聞いてきた。最初からシーフードカレーを頼むという強い意志を持ってここまで来たはずの彼女が一応メニューに目を通したのは、その意志をより強固にするためだったようであった。その証拠に、
「一応他のを見たら違うのが食べたくなるかなと思ったんだけど、やっぱりシーフードカレーを選んじゃうのよね」
と真弓がはにかんでいる。
「分かるよ。他のも絶対美味しいことは分かってるし、挑戦してみたい気持ちもあるんだけど、確実に美味しいって分かってるのを選んじゃう気持ち」
「それよそれ。あ、すみませーん」
通りすがった店員さんを、真弓が呼び止めた。
「シーフードカレー2つください」
「かしこまりました。本日予約してご来店くださったお客様に、ドリンクをサービスしております。よかったらこの中から選んでください」
「え、本当ですか?じゃあ私はホットコーヒーで」
「僕もホットコーヒーお願いします」
「食前と食後、どちらになさいますか?」
「食後で」
店員さんは爽やかな笑みの余韻を残して戻っていった。
「ホットコーヒーラッキーだったね。予約してくれてありがとう」
「いいのよ」
僕がお礼を言うと、真弓は照れを隠すように窓の外を見つめた。
真弓の視線の先には煌めく日本海。水平線の先に佐渡が見える。よく晴れている証拠だ。
「佐渡…小学校の修学旅行以来行ってないわ」
「懐かしいね、修学旅行」
僕は小学校の頃の修学旅行を思い出してみた。初めて行った佐渡金山の、あの何とも言えない冷たい空気。夏場でもひんやりを通り越して少し寒いくらいだ。
「なじみの女に会いてえなぁ」
「ちょ、真弓声でかいよ」
「フフフ」
真弓が口元を抑えて笑った。
このセリフは佐渡金山の坑道の中に設置されている人形のセリフだ。狭くて暗くて寒い坑道に、本物の人間そっくりな人形が何体も設置されているだけで少し不気味さを感じるのだが、その中の一体が顔をゆっくりこちらに向けて話すのがこのセリフなのである。
ちなみにこのセリフを言う人形は志村け〇さんに似ていると話題である。強烈なセリフということもあり、佐渡金山に行ったことのある人にとってはおなじみのセリフである。
「坑道から出た後にあるお土産屋さんで、みんなくだらないお土産買うのよね」
「そうそう」
修学旅行マジックというやつだろうか。どこにでも売っているようなお菓子を買ってしまったり、若気の至りで友達とおそろいの勾玉を買ってしまったり。普段は持たせてもらえないような大金を抱えて、しょうもないものを買うためにレジに並んでいた自分自身を思い出して少し恥ずかしくなる。
「あの時桜火がくれた勾玉、私まだ持ってるわよ」
「えー!まだ持っててくれたの?」
「もちろん」
どこにでも売っているようなプラスチックで作られた量産型の勾玉5色セット。僕と真弓、十花、風花、お母さんでちょうど5人だったから買ったんだっけな。おまけ程度にトキの絵が印刷されてたっけ。
「たらい船は一度乗ったらもう乗らなくていいわよね」
「えーそうかな。僕はまた乗ってみたいよ」
「トキが見れなくて残念だった」
「僕は見れたよ」
「えーいいなあ」
「小判飴はやっぱりおいしいよね」
「佐渡のお土産はあれが一番だよ」
真弓は、こんな調子で他愛のない会話をするだけで何も聞いてこなかった。『どうして私に雪斗と明が会うってこと教えてくれなかったの』とも、『桜火、大丈夫?』とも、聞いてこない。
「真弓、あのさ」
「ん?」
「雪斗…」
「失礼しまーす。シーフードカレーお持ちいたしました」
…なんてタイミングの悪い…いや、逆にいいタイミングなのか?
僕が雪斗くんたちの話を切り出そうとすると、店員さんがシーフードカレーを持ってきてくれた。
「わあ!いい匂い!これよ、これこれ、私が食べたかったやつー」
真弓が胸いっぱいにカレーの香りを吸い込んで頬を緩ませる。『食べていい?』と目で訴えてくる。
「食べよう」
「うん!いただきます!」
真弓は手を合わせて大きな一口を頬張った。ほっぺが膨らんでいてかわいらしい。
「あふ、あふ」
「ちゃんと冷ましてから食べないからだろー、あち」
「ばかねえ。こういうのは熱い熱いって言いながら食べるところに醍醐味があるのよ」
「舌をやけどしたら元も子もないだろー」
「そこはうまくやるのよ」
「そんな無茶な」
僕と真弓は声を出して笑った。エビとムール貝、イカなどなど。海鮮のうまみが、海を見ながら食べることで3割増しになる。目の前にに真弓がいるとその効果はさらに上がる。
『桜火。十花と風花を…守ってあげてね…』
真弓が僕にとって友人以上に大事な存在であること、そんなこと、分かっているのに。お母さんが死んだ日の記憶が、急に脳に割り込んでくる。
目の前にいる彼女は、何も言わない。彼女が僕に向けてくれている気持ちが、僕が彼女に抱いている気持ちを同じものであることは、当の昔に気づいていた。それでも一歩を踏み出せずにいる僕に彼女が何も言わないのは優しさか、それとも諦めの意思表示か。
「桜火、おいしいわね」
無邪気に微笑む彼女の顔が眩しければ眩しいほど、僕は顔をそむけたくなって仕方がなかった。
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