第49話 こわがり屋と5本の指

「みなさ~ん、難しい話はここまでにして早く花火しようよ~」

 雨月が両手に花火を持ってうずうずしている。早く花火の続きをやりたいようだ。

「よーし!じゃあ誰が一番長く消えないか、対決だよ!」

 桜火も両手に花火を握り、やる気満々だ。

「わかったよ。じゃあいっせーのーでで火に花火を近づけよう!」

 そんな2人に僕は言った。そういう僕も、両手に花火を持っている。

「いくよ!じゃあいっせーのーで!」

 シュ…

 一瞬、花火の先のピロピロしている部分が燃える音がした。

 シュウウウウウウウウウ…!

 6本の花火からほぼ同時に火が上がる。

「ついた!」

 それぞれそーっとみんなから距離を取り、安全な位置に移動する。

 まっくらだった森に花火の激しい灯りがともり、半径5メートルから向こうに生える木の葉は、花火に優しく照らされている。その光景をみて僕は、

「知ってる…」

 とつぶやいた。パッと浮かんだ光景と見事に一致した今の光景を見て、僕は戸惑う。僕がここに来たのは今日が初めてなのに、なんで『知っている』なんて思ったんだろう。

「やった!私が一番長い!」

 僕が『なんでだ?』という疑問を口に出そうとしたとき、雨月がヒマワリのような笑顔を咲かせた。

「僕、一番短かった…」

 隣で桜火が、雨月とは対照的に、大きく落胆した。

「雨月ちゃんが一位で、僕がビリ。じゃあ雪斗くんが2位か。うーんよくも悪くもないねえ。なんか雪斗くんらしいよ」

「馬鹿にしてる?」

「シテマセーン」

 せんせーい、桜火に馬鹿にされましたー。

「ビリなんて、桜火らしいね!」

「うん、僕もそう思うよ!」

 自信満々に微笑む、桜火のさわやかな笑顔。ダメージを与えるつもりだったのに、なんで桜火はこんなにさわやかな笑顔を向けてくるんだ…!

「フフフ、なんだかやる前から分かっていたような順位ね」

 雨月が笑った。

「…」

「ねえ、桜火」

「ん?何?」 

 一瞬の沈黙を見逃さず、僕は桜火に向き直った。

「『一本の大きな木を中心とした半径5メートルから外れた木の葉が、ろうそくの光に照らされている。照らされた木の葉は綺麗な緑色で、周りの闇に悲しく包みこまれているようだった。時折吹く風に身を任せ、隣とぶつかり合ってカサカサを音を立てている。どこにも行けず、何もできず、毎日やってくる深い闇に包みこまれる葉はどんな気持ちなのだろうか。このろうそくは、そんな木々を優しく包み、この木々の

悲しさを少しでも癒す温かな光なのだろうか。そんなことを思っていると、ろうそくの光は無情にも消え、悲しく光る緑の葉は再び闇と化すのだった』」

「…」

「この文、知ってるよね?」

 僕はこの長い文章を一度もつっかえずに暗唱し、桜火に問うた。

「知ってるよ」

 当たり前だ。桜火が知らないわけがない。

「だよね。だって、桜火が書いた文だもん。…『こわがり屋と5本の指』…桜火が書いた、僕の一番好きな本。ほとんどセリフを覚えちゃうくらい読んだ本」

「?」 

 雨月は不思議そうに首をかしげている。桜火は黙って微笑み、僕の目を見ている。僕は続ける。

「この本の舞台は夜刀やと町。つまりここだ。そして町はずれの小さな森に住む、6人が物語の登場人物」

「あ…!」

 雨月が『分かった!』と言いたげな声を出す。

「そう。照らされた木の葉、町はずれの小さな森。今の状況にそっくりだと思わないか?」

 ピッタリ一致したんだ。僕が桜火の本を読んで想像した光景と、今の光景が。

「気づいちゃった?そうだよ。『こわがり屋と5本の指』は、ここを舞台に書いたものだ。よく気付いたね」

「もう一つ聞いてもいい?」

 僕にはもう一つ聞きたいことがある。

「さっき会った2人、あの人たち本のモデルさん?」

「うん」 

 なんのためらいもなく答える桜火。

「そっかあ!」

 僕はなんだかとても嬉しかった。物語に出てきた場所に立っているというのは不思議な気分だ。あの登場人物たちが、現実に存在しているような気分になる。ずっと読んできた物語の裏話を聞いて、またあの本が読みたくなってきた。

「でも、あの本の登場人物はほとんど妖怪だよね。この森には妖怪が住んでるっている噂がある…」

 『から?』と疑問を聞こうとした時、先ほど会った女の子が不自然なくらい気配を消して背後から近づいてきたことを思い出した。いや…まさかな…

「あの人たちが妖怪なわけ、ないよねぇ」

 僕は冗談交じりに聞いてみた。ちらっと横目で桜火を見る。

「妖怪だよ」

 真面目な顔で桜火が答えた。いつになく真剣な顔。

 サアアアアアア…

 風が吹いた。ろうそくの光が揺れる。

「え…?嘘だよね?」

「フフフ、どうかな。信じるも信じないも、疑うも疑わないも、雪斗くんの自由だよ」

 そういって桜火はいつもみたいに少し意地悪な顔で笑った。

 結局あの人たちが妖怪なのか、そうでないのか、桜火はそれ以上何も言わなかった。妖怪だったとしたら怖いので、僕はうやむやのままにしておくことにした。

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