第48話 炎色反応って知ってるかい?

 僕の花火から勢いよく出ている何かの動物のしっぽのような青い炎に、桜火が自分の花火を近づけた。

「赤だ!」

 雨月が嬉しそうな声を出す。赤は赤でも、雨月の花火とは炎の吹き出し方が違う。雨月の方は勢いが良かったが、桜火は雨月に比べて穏やかだ。

「知ってる?炎色反応っていうんだよ」

 桜火が唐突に言い出した。得意げに眉をあげ、横目で僕を見つめてくる。

「アルカリ金属やアルカリ土類金属などの化合物を炎の中に入れると、炎の色が変わるっていう現象でね」

 普段の桜火はどこへやら。いつも何も考えてなさそうな顔で生きている桜火の口からスラスラと専門用語が出てくる。そういえば、桜火は化学が好きだったって言ってたっけ。

「例えば、ナトリウムを入れると黄色の炎になるんだ」

 『どう?知らなかったでしょ』と言いたげな表情で、桜火は話を続ける。

「それで雨月ちゃんの炎は赤…真紅だから…」

「ストロンチウムでしょ?」

「あう?」

 先ほどまで黙って桜火の話を聞いていた雨月が、少し意地悪そうな笑顔で口を開いた。よほどびっくりしたのか、桜火はへんてこな声を出した。ご飯で〇よの眼鏡がずり落ちたあのキャラクターくらいおまぬけさんな顔をしている。

「正解…知ってたの?」

「えへへ、ごめん。この前読んだ本に書いてあったんだ」

 あ、そういえばここ最近雨月は図書館から借りた分厚い理科の本を読んでいた。

 桜火は自分が話した雑学を雨月が知っていて残念だというよりは驚きが勝るようで、目を丸くしていた。

「そうかあ。読んだ本の内容をきちんと覚えてるなんてさすが僕の姪っ子だよ!ちょっと残念だけど問題ないのだよ。フフフ、雪斗くん、君の花火は青色だから…」

「ごめん、桜火。スズだろ?」

「またぁ?」

「え!雪斗すごい!私分からなかった」

 またもや桜火は先を越された。越したのは僕なのだけれど。今度の桜火は少し残念そうだ。

「ごめんごめん僕も本で読んだんだ」

 実は雨月が理科の本を読んでいるのを見て、僕も桜火の家にある理科の本をこっそり読んでいたのだ。別に、こっそり読む必要はないのだが、なんとなく雨月の前で読むのははばかられた。

 もう、3人の花火は消えてしまった。一本目が終わって早く二本目に行きたいところだが、みんなこの話に夢中だ。

「クックックック」

 ろうそくのわずかな光の中で、桜火がめげずに何か言いたげな笑みをこぼした。

「なになに」

「別にいいもんね。切り札は残ってるし!じゃあ問題。紫色の炎にはどんな化合物が入っているでしょうか!」

 桜火はこれは分かるまいと腕を組んで、僕らの回答を待っている。

「カリウムじゃないの?」 

 雨月がおずおずと口を開いた。『え、カリウムで合ってるよね』と心配そうな顔をしている。

「えー!なんでわかったのー!」

「だって私が読んだ本には炎色反応の語呂合わせ、リアカーなきK村うんたらかんたらだけ覚えてればやっていけるって書いてあったんだもん。その中にカリウム入ってたし」

「僕が読んだのもそうだった。スズを覚えてたのは、青い炎がきれいだったから記憶に残ってただけで」

 『むしろなんで桜火は紫色の炎が切り札になると思っていたの?』という表情を、僕と雨月は桜火に向ける。

「だって…ああいうのって好きな色は頭に入って来るけど、特に好きでも嫌いでもない色は入ってこないものなんじゃないの?2人は紫色好きでも嫌いでもないでしょ」

「なんだそりゃ。不思議な理論だな」

 僕は盛大に首をかしげた。

「つまりくもさんは、語呂合わせとかで覚えたんじゃなくて、好きな色から覚えていたのね」

「語呂合わせってなんだかニガテなんだ。語呂合わせの呪文は覚えられても、その語呂が何を示してるのか分からなくなっちゃうから。例えばさっきのだと、あれ『なき』の『な』って何だっけってなっちゃうの」

「あーなんとなくわかる」

 桜火の言いたいことはなんとなくわかった。簡単に覚えるために作られた語呂合わせなのに、素直にその語呂だけ覚えて中身をど忘れしてしまうんだ。桜火らしいと言えば、桜火らしい。

 桜火の覚え方でいったら、桜火はまず真っ先に紫を覚えたのであろう。紫は真弓さんのイメージカラーだ。

「じゃあ桜火は何色から覚えたの?」

 僕は興味本位で聞いてみた。

「え、紫だよ」

 …やっぱり。桜火は僕が心の中でこんなことを考えているなんて想像もしていないだろう。無意識なのか?桜火が一番好きな色は赤だってこと、僕は知ってるんでぞ。その赤をおさえて紫を先に覚えたと公言するのは、『真弓さんのこと好きです』って言ってるようなものじゃないか。

「紫、きれいだよね」

「ねー」

 雨月が桜火に同意する。雨月は気づいていないようだ。

 やれやれ、今日の花火は長くなりそうだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る