第47話 この花火を大切に取っておくことの意味
「そろそろ準備始めようよ!」
僕が言うと、雨月と桜火は『おー!』と拳を突き上げた。僕は早く花火がしたくてうずうずしていた。
「よし!はい、くもさんはあっちの大きい方の荷物の整理、私と雪斗は完全に暗くなっちゃう前に花火をばらすよ!」
「「了解!!」」
雨月のてきぱきした指示に、男子2人は敬礼をした。
「…あれ、ちょっと待って、この森って私有地?勝手に花火なんてしていいの?」
『いざ、行動開始!』という時に、僕は急に不安になった。
「大丈夫だよ。あの家の家主には許可を取ってあるんだ。消火用の水も恵んでくれるってさ」
「そっか。それなら大丈夫か」
僕の不安は一瞬にして晴れ、僕たちは準備に取り掛かった。
桜火は桜の木の下へ走っていき、僕と雨月は桜の木から少し離れたところで花火の袋を片っ端から『ベリッ』と開けている。
「あ、失敗した。取れない、なにこれ」
「ああ、よくなるよくなる。途中で切れちゃうことよくある」
失敗したと言って、雨月はその袋を僕に見せてきた。その袋は、はがす部分がうまくはがれず、途中で切れてしまっていた。雨月の手には、ちぎれた部分の残骸が握られている。
例えるならば、卵のパックがうまく開けられなかったときのちょっとした不快感。『くう、もう少しだったのにぃ』となんだか悔しくなるやつ。『べりべりべりべり』とうまく取れれば快感なのだが、途中で切れると切れてしまったところからもう一度はがそうとするとうまくいかない。
「えい!」
僕はその袋を雨月から受け取って、未だに頑固に接着されている部分を勢いよく引っ張った。
「お、開いたよ」
袋はちゃんと開いてくれた。うん、素直でいいやつだな。次は初めからちゃんとはげるように鍛えておいてくれよ。
「え⁉すごい!ありがと」
袋を受け取った雨月はそう言って作業を再開した。
小袋を開ける音が、森に吸い込まれていく。目の前に積まれていく花火の山がどんどん大きくなっていくのが、なんだかとても楽しかった。
まだ開けていない袋が3つになった時、雨月がこそっと耳打ちしてきた。
「この3つはさ、開けないで取っておかない?今度みんなでやるために」
「そうだね。こんなにたくさんは、3人じゃできないもんね」
「うん」
雨月の提案により、3つの袋はまたバッグの中へ丁寧に仕舞われた。
次十花さんやお母さん、真弓さんと花火をやることになった時、その時に花火を買えばいいじゃんとするのではなく、今日持ってきた花火を大事に取っておこうという雨月の提案。それはなんだか、『みんなのために桜火が買ってきた花火』を雨月が大事にしようとしている気持ちの表れのような気がして、心が温まる。それはただの花火ではなく、桜火の思いがこもった唯一無二の花火なのだ。
この3つの袋は、またみんなで花火をする日までの切符のように思えた僕だった。
「2人も準備終わった?」
「うん、準備オッケーだよ」
桜火も準備が終わったらしく、僕たちの方へ歩いてきた。
目を合わせた僕たちは、思わず歯を見せてにやけてしまう。
理由は1つ。
「花火、始めちゃいます?」
桜火がろうそくとマッチをポケットから取り出して言った。
周りはもう十分暗い。時折吹く風が肌にあたると少し冷たくて心地いい。昼はあんなにガンガン鳴いていた蝉の声が、もう聞こえない。
「やりましょう!」
星がきらめく近いようで遠い空に、雨月の小さな拳が突き上げられる。
「ちょっと待ってね。今、ろうそくをつけるから」
すでに手に花火を持って、やる気満々の僕と雨月を背中に、桜火がろうそくに火をつけた。
「やっていい?もういい?一番取っちゃっていい?」
火を見て、より一層待ち切れなくなった様子の雨月が声を出す。たぶん雨月にしっぽがついていたなら、ブンブン振っているんだろうな。
「どうぞ」
桜火のこの3文字を合図に、雨月がろうそくに花火を近づける。
…5秒ほどの沈黙。
シュアアアア…!
火が付いた。赤い炎が勢いよく音を立てる。
「うわあ!ついた!」
雨月がその花火を僕の花火に近づける。
…同じ沈黙。
ボシュアアアア…!
「ついた!青だ」
僕の握っている花火は、青色だった。
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