第46話 答え合わせ
「何?怪しい人とでも思ったの?」
桜火が冗談交じりに言ってきたので、僕と雨月は『ブンブン』と頭を振った。
「すごくかわいい子だった!」
雨月が『ニコッ』と微笑んだ。雨月も十分かわいいよ。
「そっかそっか。じゃあもう少しで目的地だからあと少し歩くよ」
再び僕たちは歩き始めた。あの大きな家を越え(近づくと木々の隙間から見た時よりはるかに大きく感じた。一体何人で住んでいるんだ?)、2分ほど細い道をてくてく歩いた。
「はい、とうちゃーーく!お疲れさん。2人も荷物持ってくれてありがとう」
ふいに桜火の足が止まり、1本の巨大な木の下にたどり着いた。葉の形などから察するに桜の木か。僕は図鑑を読むのが好きなので、植物の名前はなんとなく分かる。
「着いたの?」
「うん、着いたよ」
「やったーー!」
僕と雨月はハイタッチして喜んだ。
そこは不思議な場所だった。桜の木の周り、半径5メートルくらいのところには木が生えていないのだ。つまり、上から見たらここだけ丸く地面が見えるということである。
『やったーー!』と大きな声を出しても、森がその声を消してくれる。ここだけ時間が止まっているのかと感じるほど静かな空間だった。
日がだいぶ傾き、薄暗くなったあたりの様子は少し不気味な空気をまとっている。少し離れたところから聞こえる鳥の声だけが、きちんと時間が進んでいることの証明だった。
暗くて、音のないところ。これだけで人間はここまで心細くなれるのかと、僕は驚く。隣にいる雨月も、真剣な顔をしてあたりを見渡していた。
「みーなさーん!」
そんな空気を、桜火は嬉々とした顔でぶち壊してきた。ディズ〇ーのキャストさんもびっくりの大げさな声と身振りで、僕と雨月を注目させてくる。
「何?」
僕が問う。
「あれ、反応うっすいなあ。まあいっか。それじゃあ荷物の中身をお披露目するよー!」
「本当⁉」
つい7秒前まであまり興味のなかった桜火の言葉に、僕と雨月は一瞬で食いついた。
「お、興味アリ?」
桜火が眉をあげて尋ねてくる。よくアニメとかで出てくる異国の怪しい商売人のような顔だった。
そんな桜火の言葉に、僕と雨月は『うんうん』と赤べこのように首を上下に動かす。
桜火は僕たちに一つずつ荷物を手渡した。
「開けていいよ」
桜火の言葉に僕と雨月は顔を見合わせ、チャックに手をかける。
「せーのっ」
荷物のチャックを開けた。『ジー』というこの音を、僕たちはずっと待っていたんだ。さあ、バックの中身は何なのか?
「…花火だ…!」
僕と雨月はほぼ同時につぶやいた。
「正解は花火でした!どう、楽しみ?」
「うん!」
「すごく」
桜火は目を輝かせて返事をした僕たちの顔を見て、安堵の表情を浮かべた。
「本当は、十花と風花を真弓ともやりたかったんだけどね」
桜火の表情筋は忙しい。安堵の表情を浮かべたかと思えば、すぐに『残念だ』と肩を落とした。
3人には断られてしまったらしい。
『十花、明日花火しない?』
『啓斗が熱出しちゃったのよ』
と十花さん。
『風花、花火しようよ』
『仕事』
とお母さん。
『…気を取り直して真弓、花…』
『商店街活性化会議に出ないと』
と真弓さん。
桜火、ご愁傷さまです。そりゃ、ガックリ肩を落としたのも頷ける。
「3人がいる予定で花火買ってたのに…」
『思い出したらまた悲しくなってきた』と、さらに桜火は肩を落とし、背中を丸めた。ため息が長い。
桜火は十花さんやお母さん、真弓さんに断られるのにめっぽう弱い。そんなに3人のことが好きなのか。
「なーに暗くなってるの!」
そんなどんよりした空気を断ち切ったのは、やはり雨月だった。
『キリッ』と桜火のことを睨み、
「私と雪斗だけじゃ何か悪いことでも?」
と嫌味っぽく言ってのけた。
…本人はきちんと睨んで嫌味っぽくしているつもりなのだろうが、残念。その顔はとてもかわいらしい。その証拠に桜火が雨月の顔をみて、こぼれる笑みを抑えきれずにいる。
「いえ!そんなことないよ」
桜火が背筋を伸ばした。
「確かに来れないのは残念だけど、でも私たちだけでやるのだってきっと楽しいよ。ね、雪斗」
「え、あ、うん!」
突然話を振られたことにびっくりしながらも、僕は自信をもって頷いた。
「それに、夏は長いんだし、次やるときはみんなでやればいいでしょ。今年の夏はみんなでたくさん思い出作ろうよ」
『ね?』と桜火に同意を求める雨月。
『そうだね』と嬉しそうに微笑む桜火。
僕は、雨月が描く今年の夏休みの予定に、あたかも当たり前かのように僕との時間が組み込まれていることが嬉しくて、どうしても上がってしまう口角を隠すようにうつむいた。
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