第45話 森の住民
「誰が手入れしているんだろう?」
森の入口から続く細い道には葉っぱ一つ落ちておらず、道端には所々花が咲いていた。
「なぞだね。この森にはあんまり人は近づかないのに」
雨月が足元の花を眺めながら言った。
「ねえ…あそこ…」
僕と顔を見合わせて『分かんないねぇ』と首を傾げていた雨月が、立ち止まって木々の隙間を指さした。
「でか…」
雨月が指さした方を僕も見てみると、そこには大きな家が『どーん』と建っていた。
なんというか…『俺はここにいるんだぞ』というか、『何があってもここから動かないぞ』というか、そんなオーラを発しているように見える威厳のある佇まい。直感的にこの家がこの森の中心なのだと脳が認識した。
それと同時に、僕たちが歩いてきた道の掃除や草花の手入れはこの家に住む人がしているに違いないとも思った。この森に人など住んていないと思っていたので、家を見つけて驚く。
「人がいる」
その家の方に向かって歩いていくと、家の前でほうきを持つ人の姿が見えた。2人いる。
1人は高校生くらいの男の人、もう1人は僕と同じくらいの年齢に見える女の子だった。
楽しそうに掃き掃除をしている2人のうち、男の人の方を見て桜火が、
「あ、いたいた」
と呟いた。
「え、知り合い?」
「ここにいてね」
桜火は僕の疑問には答えず、少しいたずらっぽく微笑んでその男の人の元へ走っていってしまった。
走ってくる桜火を見つけた男の人は、『パァ』っと顔を輝かせ、掃き掃除を中断して立ち話を始めた。
「顔が広いな…」
「だね…」
置いていかれた僕と雨月は目をパチクリさせる。
絶えない笑顔で彩られた会話をする桜火と男の人の関係はまったくといっていいほど分からないが、2人の様子からその男の人は悪い人ではないということと、2人は仲がいいのだと言うことは分かった。
『…変わってない…うん…大変だけど』
『へぇ…頑張ってるね…みんな…かな』
とぎれとぎれに聞こえる曖昧な会話を聞いていると、
「こんにちは」
背後から声をかけられた。
「!!」
「ひっ」
それはあまりに突然で、足音1つ聞こえなかったから僕と雨月は3歩ほど後ずさってしまった。雨月は『ひっ』と声を漏らし、僕の肩を掴んでいる。
「あわわ、ごめんね。驚かすつもりはこれっぽっちもなかったんだけど」
話しかけてきたのは、先ほど家の前で掃き掃除をしていた女の子だった。
彼女は右手の親指と人指し指がくっつくかくっつかないかの間隔を作り、『ごめんね』と笑った。
「いえ、大丈夫で…」
「2人はくもさんの子供?くもさんって結婚してたっけ?」
僕が『す』と言う前に、女の子がマシンガンのように話し始めた。人見知りの僕は完全に固まってしまう。
「ううん。私はくもさんの姉の子、つまり姪っ子。こっちは妹の子、つまり甥っ子だよ」
頼りない僕に変わって、雨月が説明してくれた。
「そっかぁ。十花と風花の子かぁ。くもさんみたいな優しいおじさんに恵まれて、2人はラッキーだね」
フフッと笑った女の子の笑顔は、雨月にも負けないくらいに元気溌剌で、八重歯がとても愛らしかった。下の方で結ったツンテールが、風に揺れた。
しかし気になる。なぜこの子は『十花、風花、くもさん』と3人の名前を知っているのか。口ぶりからすると、かなり親しそうだ。
「なんでお母さんたちのこと知ってるの?」
それは雨月も同じだったようで、僕より先に雨月が疑問を口にした。
「だって…」
「おーい!おまたせー!」
女の子が口を開き、『だって』の続きを言おうとしたその刹那、立ち話を終わらせた桜火が大きな声を出して走ってきた。
「あ、もうくもさん来ちゃったね。じゃあまたいつか」
女の子は再び八重歯をのぞかせて微笑み、走り去ってしまった。
「あーあ、くもさん空気読んでよーー」
『今良いところだったのに…』と雨月が口を尖らせた。
ふと女の子が走っていった方向を見てみると、そこにはもう彼女の姿はなかった。
「え、ごめんね」
桜火は両手を合わせてペコリと頭を下げた。
僕は桜火のこういうところがすごいと思っている。自分が悪いと思ったらすぐに謝れる人になりたいと、小さい頃の僕はよく思っていた。まあそれは素直に謝れない僕に『お兄ちゃんを見習いなさい!』と、お母さんが口酸っぱく言い続けた成果なのだが。
「もう。でもしょうがないよね」
雨月もすごい。『もう』で膨らんだほっぺが、『でも』でしぼんで、『しょうがないよね』で眩しいほどの満面の笑み。くぅ、かわいい。
「で、あの人たちは誰なの?」
僕は桜火に尋ねた。
「あの2人?あ、彼らはね常連さんなんだ。他にもあの家には人が住んでいて、よく傘を買いに来てくれるんだよね。長い付き合いなんだ」
桜火は『いや〜いつも助かってるんだ』と説明してくれた。
「あーなるほど」
僕はやっと理解することができた。
「名前、聞けなかったし言い忘れてた…」
雨月が残念そうに呟くと、
「また会えるよ」
と桜火は微笑んだ。
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