第43話 荷物の中身、気になるなぁ
5時になった。
僕と雨月は準備が終わった後は、本を読んで時間をつぶしていた。
僕は桜火が書いた『こわがり屋と5本の指』の2巻を読み直していた。僕は好きな本は何度も読みたいたちなので、かれこれ11回目くらいである。『そんなに読んで楽しいか?』とよく聞いかれるが、楽しいぞ。展開も内容も分かっていてスラスラ読めるから、時間がないときに読むにはやっぱり読んだことのある本を読んだ方がいい。時たま読み直すと、忘れかけていた大事なことを思い出すことは多いし、新たな発見があるときもある。つまり僕は活字中毒なのである。暇さえあれば文字を目にしていたい。
雨月はまた図書館で借りてきた理科の本を読んでいた。雨月は理科が好きなんだなあ。
「よし、じゃあ行こうか」
桜火が大きな荷物を抱えて満面の笑みで左手を突き上げた。
「おー!」
雨月も桜火に
外はまだ明るい。夕方の空は、季節の移ろいを意識させてくる。『日が長くなったなあ』とか、『日が暮れるのが早くなったなあ』とか、日が落ちる時間の変化を感じると、思わず季節の移ろいを意識せずにはいられない。まだまだ落ちる気のない太陽を見ると、一日が長くなったような気がして嬉しくなるとともに、これから短くなっていく明るい時間を思うと、なぜか少し切ない気持ちになる。
「ねえくもさん、荷物持つの手伝うよ」
森に向かって歩き出すと、雨月が桜火に手を差し出した。
「ありがとう!じゃあこれお願い」
桜火はそう言って一番小さい荷物を雨月に渡した。
「あ、僕も持つよ」
僕も急いで手を差し出す。雨月に先を越されてしまった。もっとかっこいいところを見せないと。
「ありがと。じゃあ雪斗くんはこれね」
桜火から荷物を受け取る。
「わ、軽っ」
受け取った荷物は思っていたよりも軽かった。一体何が入っているのだろう。
「あー、雪斗くん中身はまだ見ちゃだ・め。着いてからのお・た・の・し・み」
中身を確認しようとした僕を桜火が制する。『チッチ』と指を左手の人差し指を左右に振っている。
「わかったよ。楽しみにしておく」
僕は聞き分けよく引き下がった。こういう時の桜火に、何を聞いても無駄なのだ。絶対教えてくれない。待てをされた分だけご飯はおいしい戦法なのだ。
「でも、気になるよね」
僕の耳もとで雨月がささやいた。桜火にばれないように、前を歩く桜火を警戒している。
「うん、なんだと思う?」
僕も桜火が振り返らないように警戒しながら、コソコソ話し始めた。
桜火はそのことに気づく様子は見せず、どこかで聞いたことのあるリズムで鼻歌を歌っていた。なんだっけ、これ。あ、君がいた夏が遠い夢の中になってしまった曲だ。
「やっぱお菓子とかかな。ほらさっきからお菓子の袋っぽいシャカシャカって音するじゃん」
雨月はそういって持っている荷物を揺らし、『シャカシャカ』音を鳴らしてみせた。
「うーん、お菓子にしては重いような…。あとお菓子の袋にしては空気が入ってる感じもしないし」
そういって僕はお菓子の袋を想像する。ギザギザしている切り口からはあえて開かず、袋の上の部分すべてを『パッ』と開けるあの爽快感。中々開かないとイラッするが、そのイライラは袋が開いたときに、袋から出てくる美味しそうな匂いが忘れさせてくれる。
でも、今僕たちが持っている荷物からはそんな空気の存在が感じられないのだ。
「なんだろうね」
うーんうーんと首を捻る。答えは頭に浮かばない。
そのまましばらく歩く、歩く。背中から商店街の賑わいが離れていき、家の数も少なくなっていく。僕らが目指すのは町外れの小さな森だ。
あの森には妖怪が出るという噂が昔からある。商店街のご老人たちいわく、『あそこに住んでいる妖怪はとても優しくて、人に危害を加えることはない』らしい。でも、昼間にあの森に入っていく人はいても、夕方や夜に入っていく人はほとんどいない。なんだかんだいって、みんなどこかで怖がっているのだ。そして僕もあの森に夕方に入っていくのはそれなりに怖いのだが、桜火は気にせず突き進む。
木々の葉の擦れる音が、だんだん近くなってきた。引き込まれるようなその音は、心地よくもやはり少し怖い。
「森の声が聞こえるね」
木々の葉の擦れる音を、雨月は詩的に表現してみせた。
きっともう少しで綺麗な緑が見えてくるはずだ。
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