第42話 僕の…着る?
「…なぜ?」
雨月が控えめに尋ねた。明らかに
「僕も知りたい」
僕も雨月に続く。
なぜ森?なぜ今日?なぜいきなり森に行くことになった?森というキーワードで思いつくのは疑問だけ。
カブトムシでも取りに行くのか?いや違う。時刻は午後2時。太陽はギラギラ燃えている。昼だ。
植物観察か?そんなわけない。雨月と僕は虫が苦手だ。万が一葉っぱの裏に虫がついていようものなら全力で発狂するであろうことは桜火も知っているはずだ。
「なんででしょうね」
桜火が少し意地悪な顔をして口角をあげた。
「わ・か・ら・な・い」
僕は力強くこうつぶやいてから、お手上げだというように肩をすくめた。
「分からない?」
…だから分からないって言ってるじゃないか。
雨月は首をかしげて考え込んでいる。
「まあ、とりあえず行こうか」
桜火はそんなことは気にもせず、森に行く気満々だ。いや、だからなんでって…
「じゃあ、準備してくるね。あ、雪斗くんたちも準備しておいてね」
だーかーらー!目的が分からないと、準備も何もないじゃないか。
そんな僕の心の叫びをよそに、桜火はそのまま自室へ消えていった。
「あーーーーーー」
桜火は昔からこうだ。いきなり山に行くと言い出したり、畑に行くと言い出したり…。夜に海に行くと言い出した時はさすがにビビった。その時も理由は教えてくれなかった。
でも、いつも楽しいことが待っている。山に行ったときは散って間もない山桜の花びらを拾ってきて本のしおりを作ったし、畑に行くといったときはサツマイモを取ってきて、そのサツマイモを使って真弓さんがパンを作ってくれた。海に行ったときは、満天の星空を眺めた。星座は桜火が教えてくれた。桜火は空が好きだから、雲の名前とか星座とかをよく知っている。
つまり桜火はいつも『行くまでお楽しみ』方式なのだ。
「…はあ。桜火ー!何時に出るのー?」
そしていつも僕が折れて、桜火についていく。部屋に戻ってしまった桜火に聞こえるように大きな声を出した。
「5時くらいー!」
「5時⁉」
あと3時間もあるじゃないか。時間を聞いてさらになぞは深まったものの、やはり少し楽しみになってきている自分がいる。
「寒くなった時に羽織れるものと、灯りがあればオッケーだから!じゃあ、5時までご自由にー!」
おいおい桜火、羽織ものは百歩譲って持ってきているかもしれないが、灯りって。おじさんの家に泊まるためだけに普通持ってくるか⁉
完全に置いてけぼりになってしまった僕と雨月は顔を見合わせて、
「やるしかないか」
と2人同時につぶやいた。
「まずは灯りだけど、災害用に用意してある懐中電灯でいいかな」
「あ、その手があったか。それでいいと思う」
雨月の言葉に僕は同意する。すっかり忘れていたが、この家には災害に備えて各部屋に懐中電灯が用意されているのだ。玄関先に用意してあったり、防災袋の中に入っている、なんてお家はたくさんあるかもしれないけど、各部屋に用意されているお家は珍しいんじゃないか?この几帳面さから察するに、用意したのは真弓さんだと思われる。
「私羽織もの持ってきてない…」
雨月が心配そうな顔をした。『一回帰るか…』と神妙な面持ちで呟いている。雨月にこんな顔させるなよな、桜火ー。
「僕の使う?僕の部屋にあるやつ」
「え、いいの?」
僕は桜火の家に頻繁に泊まるので、僕の服の3分の1くらいは桜火の家に置きっぱなしだ。羽織ものの1着や2着はあるはずである。
「これでどう?」
僕は黒い薄手の羽織ものを2階から取ってきて、雨月に手渡した。
「ありがと」
雨月が僕の服に袖を通す。
「わー、ちょっと大きい!みてみておばけ」
雨月が余った袖を垂らしておばけのポーズを取ってみせた。
…なんなんだこのかわいさは!異常だ。雨月が僕の服を着ている……!
「…袖を折ればいいよ」
どぎまぎしてしまっている自分を悟られないように、僕は努めて言葉を発する。
「そうだね」
そんな僕に気づいているのかいないのか、雨月は大きな目をクリッとさせて、僕に微笑んでみせた。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
雨月はそういって居間から出ていった。
僕はそんな雨月の後ろ姿を見送って、
「かわいかったなぁ」
と呟いた。
「…雨月ちゃんかわいかったねぇ」
「うお」
すると突然背後から桜火に肩を組まれた。
桜火の顔を横目で見る。
…この顔、このニヤニヤ顔。こやつーー、わざとだな。わざと羽織ものを持ってくるように言わないでおいて、僕が羽織ものを雨月に貸すように仕向けたなぁ!?
「わさとだろ」
「んー?なんのことー?」
桜火はそういって軽く口笛を吹いた。
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