第38話 手持ち無沙汰でコーヒーを回して
「雪斗くん、炭酸飲めるよね?」
「はい、飲めます。好きです」
「じゃあこれ」
博さんはそう言って僕に炭酸飲料を差し出した。
僕たちは立ち話もなんだということで、博さんの車に乗って近くの公園に来ていた。今受け取った炭酸飲料は公園内にある自動販売機で博さんが買ってきてくれたものだ。博さんはコーヒーを買ったようだ。
「いただきます」
僕はそう言ってプルタブに手をかける。『カシュッ』という夏はやっぱこれでしょとでも言いたげな缶の開く音が、珍しく
「そうか、君が雪斗くんか」
『プハッ』と冷たいコーヒーの一口目を飲んだ博さんが、嬉しそうに僕を見つめる。僕の左側に座った博さんの顔が、西日に照らされてほのかにオレンジ色に見える。西日ってどうしてこうも『帰りたい』気持ちにさせてくるんだろう。
「…はい、城崎雪斗です。えーと、十花さんの血のつながっていない妹の子供です」
僕は口に含んだ炭酸飲料を飲みこんでから答えた。なぜ博さんが僕を見て嬉しそうな顔をするのか分からなくて少し戸惑う。
「うんうん、十花からも雨月からも聞いているよ。雨月が君の話をよくしてくれてたから、会いたいなと思っていたんだ」
コーヒーを片手でグルグルかき混ぜながら、博さんは言った。雨月が僕の話を家でもしてくれていたことに喜びを覚えつつも、そのあとに『最近はあまり話せてないんだけどね』と付け足した博さんの小さな声が、僕の胸に大きな傷をつけるようだった。僕は思わず眉間にしわを寄せる。
その悲観的な態度が、『啓斗は俺に似てかわいいなあ』という言葉に傷つけられた雨月を思うと無責任に感じられる。あなたにそんな風に傷ついたような態度を取られる筋合いはないと、そもそもはあなたが招いた結果だろうと僕の中で誰かが博さんを責める。その一方で、ああこの人にもこの人の立場なりの悲しみや葛藤があるのだと妙に納得する気持ちもある。こんな気持ちになるのは初めてだった。
「十花はよく風花ちゃんと桜火くんの話をするんだ。『私と風花はあとから家族になったのに、名前が似てるでしょ?2文字目が"花"だから。初めてあったとき、名前が似てて嬉しかった。本当の家族になれると思った』ってね、よく酔っ払うと話してくれるよ」
博さんのコーヒーをグルグルする手は止まらない。わざと何か話題を持ってきたような感じがした。コーヒーをグルグルするのは癖なのだろうか。
「で、話って何かな」
相変わらずコーヒーをグルグルしたまま、博さんは静かに切り出した。
「…雨月のことです」
僕の言葉を聞いても、博さんはしばらく何も言わなかった。その沈黙は、分かっていた答えを聞いたときに、なんと返事をしたらいいのか分からないときの静けさだった。博さんの手が止まる。
少なくとも、聞きたくない、興味がないという意思表示でないことは確かであった。
「いいですか、話をしても」
僕はその沈黙に穴をあけた。
博さんは何も言わずに『コクン』と頷いた。
「雨月のことです。家族の話に僕が首を突っ込んでいいなんて思ってはいませんが、伝えたいことがあるんです」
傾きかけた陽に照らされ、遊具は長い影を作っていた。
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