第36話 雨月のお友達

 雨月が彼女の心の深い部分に関わる話をしてくれてから、2日が経った。

「雪斗、今日は私くもさんのところいけないや」

 昼休み、僕がトイレから戻ってくると、教室に入る一歩手前で雨月に声をかけられた。図書館からの帰りなのか、本を抱えている。分厚い理科の本だった。これは小学校の範囲だけではないのでは…?勉強熱心だなあ、雨月は。

「今日ね、あゆみとみのりとお勉強会することになったの。勉強会っていうからちょっと難しい本借りてみたの」

 雨月は心底嬉しそうに目を細めた。あの日、心の内を吐き出して少し楽になったのか、雨月は元気を取り戻しつつあった。博さんが桜火の家に乗り込んできた日から、雨月がふと辛そうな顔をするのを見てきたので安心する。何かが変わったわけではないが、心がちょっとでも軽くなったのだとしたら嬉しい。でもまだ辛そうにすることがなくなったわけではない。

 あゆみとみのりとは、雨月のお友達の名前である。誰とでも仲良くする雨月だが、この2人とはとりわけ仲が良い。類は友を呼ぶというがまさにそうで、2人とも雨月に負けず劣らず優しくて元気のいい子たちだ。

「あ、そうなんだ。分かった!」

 僕は『初めて知りました感』を精一杯出して答えた。


 実は僕、トイレに行く前にみのりさんに声をかけられたのだ。

「城崎くん、今日雨月借りるね」

 誰かに、ましてや女の子に声をかけられることなんてめったにないので、僕はとても驚いた。

「え、あ、うん」

「最近いつも城崎くんと一緒にいるみたいだから、一応伝えておいた方がいいかなって。雨月なんだか最近元気ないみたいだったから、今日は名いっぱい遊ぶの!勉強会っていうのはちょっとした口実なんだー」

 みのりさんはそういって舌を出して見せた。みのりさんがしどろもどろになってしまった僕の返事を気にするそぶりを見せなかったことに、僕は少し安堵した。ちらっとみのりさんの後ろを見ると、席で本を読んでいたあゆみさんと目があった。あゆみさんは僕に向かって、本を置いてから『お願い』というように両手を合わせてみせた。

「雨月もきっと喜ぶよ」

 僕はそう言ってトイレへ向かった。

 素敵なお友達だなあ。偉そうなことは言えないけれど、雨月を想ってくれている人が、僕や桜火以外にもいることを感じてなんだか胸が温かくなった。


「雪斗?どうしたのぼーっとして」

 雨月に顔を覗きこまれてはっとした。

「い、いや、別に?」

 今ここで怪しまれるとすごく困る。僕はごまかしたり、嘘をついたりするのが苦手なのだ。僕は『へへ』と頭を掻いて見せた。

「ふーん?…具合が悪くないならいいや!」

 雨月はそう言って僕の横を通って教室に入ろうとした。僕が詮索されずに済んでホッと胸をなでおろした時、

「居場所、ここにもあったみたい。ありがとね、雪斗」

 と、雨月に耳元でささやかれた。僕は一瞬何が起こったか分からなかったが、耳に残る雨月の熱が、僕の脳まで伝わって一気に顔が熱くなった。

「…!」

 僕は勢いよく振り返ったが、もう雨月は走ってあゆみさんとみのりさんのところに行ってしまっていた。

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