第34話 2枚の写真
「わあ!おいしそうなのっぺ!」
「実はこれ、今日僕が持ってきたんだ」
雨月がお皿を両手で持って、のっぺの香りを吸い込む。胸が大きく膨らんで、雨月は目を輝かせた。
「え!雪斗が作ったの⁉」
「ううん、僕とお母さんで一緒に作ったんだ。お母さんのっぺ作るの上手だから教えてもらいながらね」
「へえ~!素敵」
「雨月のために作ったんだ」
「私のため?もしかしてこの前のっぺが好きって言ったの覚えててくれたの?」
「うん」
雨月はさらに目を輝かせた。『もう、食べてもいい?』と目で訴えてくる。くっ、かわいい。
「食べてみて」
「いただきまーす‼」
雨月は一度お皿を机に置いて、両手を合わせた。きちんと切りそろえられた爪がきれいだ。
「ううううう、おいしいいいい」
雨月は体を縮めて、ブルッと震えた。雨月の満たされた顔を見て、僕の口角も思わず上がる。ああ、三郎さんはあの日こういう気持ちだったのか。その人のこと思って、その人に元気になってほしいと願いながら作ったものを、こんなふうに『おいしい』って言ってもらえることはこんなに嬉しいことなんだな。
今度もっと練習をして、僕が1人で作ったのっぺも雨月に食べてもらいたい。1人で作れるようになったら、お母さんにも作ってあげよう。きっと喜んでくれるはずだ。
「ごちそうさまでした‼」
雨月の元気な声が、澄んだ青い空に響いた気がした。
「…よし。雪斗、本題なんだけどね」
のっぺを食べ終わってひと段落した時、雨月が口を開いた。
来た。僕は息をのむ。ゴクンという音が、のどからお腹に落ちたとき、雨月は机の上にそっと一枚の写真を置いた。
その写真は家族写真だった。ずっと持ち運んでいるのか、少ししわがついている。幼稚園の制服に身を包んだ幼き日の雨月を囲むご両親。右手を十花さん、左手をお父さん…
「これが、私の前の家族の写真」
その写真を見ながら、雨月は無表情で言った。
え、前の家族…?
僕が戸惑っていると、雨月が別の写真を机の上に置いた。
「…」
僕はその2枚目の写真を見て、目を見開いた。瞼がグワッと上に上がるのが自分でもわかった。
「この人…
比較的新しい画質のいい家族写真。はたから見ればお父さんで間違いないと思われるであろう人物は、先日急に居間へ乗り込んできたおじさん…博さんであった。
「これが、私の今の家族。お母さんはお父さんと離婚して、今のお父さんと再婚したの」
今より少し幼い顔立ちの雨月。その顔は笑顔であったものの、1枚目と比べると明らかにぎこちなかった。雨月の右後ろには十花さん、左後ろには博さん、そして博さんの腕の中では…
「この子は、弟…?妹…?」
「弟」
まだ幼い赤ちゃんがすやすや眠っていた。1歳にもなっていないように見える。
雨月は依然として写真に目を落としたままだ。全然僕の方を見てくれない。いや、雨月はたぶん必死に冷静でいようとしているだけだ。冷たく思える返事も、感情的になってしまわないように必死で何かをこらえている返事なのだ。
「この子は…
…複雑だ。複雑な関係だ。
十花さんは信さんと離婚して、博さんと再婚した。博さんとの間に生まれた子が啓斗くんってことか。僕は頭の中で整理する。
ふと窓の外を見ると、憎たらしいくらいに空が澄んでいる。なんで、今日に限って雨じゃないんだよ…と僕は天気を恨んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます