第32話 お母さん、僕にのっぺの作り方を教えて
数日後。僕は桜火の家ではなく、自分の家の台所に立っていた。
台所の窓から差し込む光が眩しい。新潟にしては珍しい快晴日であった。
「雪斗が頼み事するなんて珍しいわね。お母さん張り切っちゃうわ」
隣にはお母さんがいる。腕まくりをして、力こぶを出すポーズをする。しかし筋肉はほとんど見えない。桜火の腕とは大違いだ。
桜火の家よりだいぶ狭いうちの台所に、お母さんと肩を並べて立っているのはなんだか不思議な気分だ。いや、桜火の家の台所が広すぎるだけなのだ。家主は料理できないのに…
さて、僕はなぜ今日お母さんとともに台所に立っているのか。それは『のっぺ』を作るためである。新潟県の郷土料理であり、雨月の一番好きな食べ物。
数日前、いろいろあって三郎さん特製のごちそうをみんなで食べた次の日の朝のこと。帰り際に雨月が僕を呼び止めた。
「雪斗、いろいろありがとう。私やっぱり雪斗に話を聞いてもらいたい」
雨月は僕の服の裾を控えめにつかんでそういった。学校で見る雨月とは違う顔。いつも笑顔で
断る理由なんてどこにもなくて、僕は力強くうなづいた。
そして今日、午後から雨月の話を聞くことになっている。
雨月にとって、たぶんそれは辛い話なのだ。だから僕は少しでも雨月が温かい気分になれればいいと思って、雨月の大好きなのっぺを作ることにした。三郎さん特製の肉じゃがとコロッケを食べて、僕も人の心を温かくするおいしいご飯を作りたい、雨月のために何かしたいと思ったのだ。
のっぺはお母さんの得意料理の一つだったから、お母さんに作り方を教えてもらうことにした。僕が『のっぺの作り方を教えて』といったとき、お母さんは本当にうれしそうな顔をした。
「うんうん、いいよいいよ。一緒に作ろうか」
お母さんの嬉しそうな様子を見て、僕は嬉しい気持ちになった。でもそれより前に新鮮な驚きを覚えた。
今まで、お父さんと別居することになって、仕事も忙しいお母さんに、甘えたり頼ったりすることをどこかで気を遣っている自分がいた。僕はそれがいいんだと思っていたし、お母さんも喜んでいると思っていた。でも、もしかしたらそこまで気を張らなくてもよかったのかもしれない。僕とおそろいのお気に入りのエプロンをつけて、台所で鼻歌を歌っているお母さんを見て、これからはあまりいろいろ考えずにお母さんを頼ってみようと思った。
「里芋はこうやって切るの。うん、そうそう。上手ねえ。お兄ちゃんのご飯も作ってるだけあるわ」
僕が一生懸命作った分だけ、雨月が温かい気持ちになることを願って僕はのっぺを作った。
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