第30話 さりげなく、大切なことを伝えよう

「雪斗、人参の皮むけるか?真弓、白滝お湯で洗っておいてくれ」

「りょうかーい。終わったら食べやすい長さに切っておくわね」

「おう、頼んだぞ真弓」

 三郎さんはてきぱきと指示を出し、じゃがいもの皮をむいていく。途切れることなく垂れ下がっていく皮は、サルのしっぽみたいだ。

「ほれ雪斗。サルのしっぽだ」

 案の定三郎さんが満面の笑みで、僕にむいたばかりの皮を見せてきた。…うん、サルのしっぽだ。それ以上でもそれ以下でもない。

「なんだよ雪斗その冷めた目はー」

 三郎さんはそう言ってぶつぶつ文句を言いつつも、楽しそうであった。

 サク、サクとじゃがいもを切る音が心地いい。三郎さんの手の中で、じゃがいもが瞬く間に一口大になっていく。僕がむいた人参もどんどん食べやすい大きさになっていく。三郎さん、かっこいいなあ。料理ができる男の人ってなんだかかっこいい。あ、料理下手な桜火がかっこよくないって意味じゃないぞ。真弓さんが料理上手なのは、三郎さん譲りなのかな。的確な指示の出し方も、きっと三郎さん譲りだ。

「雪斗、玄関に俺が持ってきためんつゆがおいてあっから持ってきてくれ。カンちゃんがおいしいめんつゆくれたんだよ」

「わかったー」

 カンちゃんとは夜刀町北商店街で肉屋をやっている神崎さんのことだ。神崎さんは副商店街会長として、三郎さんとともに商店街の活性化に努めている。

 僕は廊下を通って玄関に向かう。桜火と雨月は今頃ケーキを選んでいるのだろうか。雨が強くなってきている気がする。桜火はお気に入りの16本傘、雨月も真弓さんの16本傘を持って行ったので雨が強くなっても大丈夫だろうが、少し心配だ。桜火は雷におびえていないだろうか。

 たぶん、三郎さんはなんとなくとかではなく、あえて桜火と雨月に買い物を頼んだのだと思う。桜火と真弓さんを、僕と雨月を離そうとしたように感じる。だって普通は、『子供組買い物にいってこい』みたいに分けるはずだろう。

「これかな」

 玄関に風呂敷に包まれた何かが置いてあった。たぶんこれがめんつゆだろう。やけに広い玄関にはさっき折れてしまった雨月の傘が横たわっている。

「三郎さん、これ?」

 台所に戻ると、三郎さんと真弓さんがなにやら小声で話していた。僕が戻ってきたのに気づいて、2人も少し肩が揺れる。

「おーそれそれ、ありがとな」

 僕は風呂敷からめんつゆを出して、三郎さんに手渡す。

「雪斗、もう手伝いはいいぞ。本でも読んでゆっくりしてな。真弓も、最近あんま休んでないだろ。ちょっとでもいいからゆっくりしとけ」

 三郎さんはそう言って、僕に背を向けた。フライパンから豚肉の焼けるいい匂いがする。ジュージューという音すらおいしそうに聞こえる。

「わかった。本読んでるね」

「雪斗」

 僕が居間に戻ろうとすると、三郎さんが僕の名を呼んだ。

「何?」

「桜火くんが今日乱れてたかもしんねえけどよ、それは雪斗たちが大切で大切で仕方ないからなんだ。桜火くんはお前さんたちのことが大好きでしかたねえんだよ。あんま気に病むなよ」

 三郎さんが僕に背を向けたままそういった。あくまでさりげなく、なんてことないように。でも僕は三郎さんがとても大切なことを言ったような気がした。だから僕は三郎さんの背中に頭を勢いよく突っ込んで、

「わかった。ありがとう」

 といって、走って居間へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る