第28話 どんなにたくさん願っても5ー雲松桜火、高校3年生・現在ー

「笑美さんは、自分が病気であることをまだ、絶対に子供に言わないでほしいとおっしゃっておりました。余命は1年ほどだと3か月前に告げました。笑美さんは残りの命が半年になったらあなた方に告げようと思っていたようです。心の準備のために6か月。でも、それまでは何も知らずに、何も気負わずに日常を過ごしてほしい。そういった心遣いでしょう。『自分が死んだら風花にとっては父親に続いて2人目に、十花と桜火にとっては父母に続いて3人目になってしまう。私は絶対に死ねないの。絶対に』笑美さんの口癖でした」

 主治医だったというその男性は、そういって目を伏せた。

「そうですか…ありがとうございます」

 僕はそういうことしかできなかった。医者の言葉は、正直あまり頭に入ってこなかった。考えることが多すぎて、でも考えるには辛すぎて、僕の頭はひどく混乱している。

 泣きじゃくる風花と十花は、ただ頭を少し下げただけで言葉は紡げていなかった。

「お兄ちゃん…」

「桜ちゃん…」

 2人が、僕にすがってくる。僕は泣きたい気持ちを我慢して、2人を抱き寄せる。

「大丈夫。僕が守ってあげるから」

 冷たい病室で聞く2人の泣き声と、騒がしい雷。あの日の音が、頭にこべりついて離れない。



 僕はたぶんこの日から、無意識に『家族』に固執しているのだと思う。

 風花と十花が、喪失感を埋めるように結婚という形で新しい『家族』を作り上げたのとは反対に、僕は『家族』を作るのが怖くなった。また失ってしまったらと思うと、新しい一歩は到底踏み出せそうになかった。

 だから今も、雨月ちゃんや雪斗くんを守ることに必死になっている。いいおじさんでいて、いい『家族』でいて。彼らに安心できる場所を。ここを彼らが安心できる場所に。

 家族のぬくもりはほしくて、誰よりもほしくて。でもほしすぎて、おびえている。誰もがいつかは失ってしまうものだとわかっていながら、僕はあの日にとどまり続けている。もう、あんな思いはしたくない。黒い服の人に囲まれて、棺の中の顔を覗いて、『最期だよ』と棺をしめて、発掘調査みたいに骨を拾って、まだ温かい骨の入った桶を抱きしめて。部屋からなくなっていく故人のぬくもりを追いかけて悲しくなる。僕の前からいなくなる。大事だったものが、『家族』が…どんなにたくさん願っても、戻ってこない。

「桜火」

 真弓が後ろから抱きしめてくれたようだ。背中に柔らかい温かさを感じる。

「大丈夫。大丈夫だよ。私が一緒に守るから」

 桜火のことも、守るから。

 真弓が僕の肩に顔をうずめる。

 温かいしずくが僕の首を伝ったのを感じて、僕の頬にも一筋の涙が流れた。

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