第21話 今日は全員敵

「おっじゃましまーす!」

 玄関から雨月の声がした。僕は反射的に顔を上げ、目じりに残る涙をぬぐう。僕の背中をさすってくれていた真弓さんは、少し困ったように眉を下げて微笑んだ。

「泣いたらちょっとは楽になった?目も赤くなってないし、きっと雨月には分からないよ」

 真弓さんはそう言って僕の背中をバシッと叩く。思わず背筋が伸びて、気合が入る。三郎さんに背中を叩かれた時と同じ気持ちになる。さすがは三郎さんの孫。

「真弓さんありがとう。桜火も、ありがとう」

 僕は2人にそう言って立ち上がった。雨月を迎えに玄関まで小走りする。

「お、雪斗。さっきぶりー」

 雨月は靴をそろえて、僕に100点満点の笑みを向けてくれる。玄関横の窓から差し込む傾いた陽の光が彼女の頬を夕日色に染めている。光に照らせれ彼女の瞳はキラキラ輝いて見える。『ニッ』と白い歯を覗かせる彼女の笑みはいつも人の心をつかんで離さない。

「どうしたの、雪斗。ぼーっとしてる?」

 雨月の笑顔に見とれていると、雨月が僕の顔を覗きこんできた。

「え、いや、別に。なんでもないよ」

「そう?変なのー」

 フフフと笑う彼女の楽しそうな声が、さっきまで僕の胸を締め付けていた何かの力を弱めてくれたような気がした。



「それでね、それでね。今日昼休みに雪斗に話しかけたらさ、友達が『雨月、雪斗くんと付き合ってるの?』って!みんな発想がおませさんだよねー!」

 クロワッサンを頬張りながら、雨月が学校での出来事を桜火たちに話している。『付き合ってるの?』の一言に僕は少し頬が熱くなるのを感じ、桜火が視界の隅でニヤニヤしているのを全力で無視した。

「きゃー眩しい!おませさんだわー!」

 真弓さんは、雨月の話を聞いて足をバタバタさせている。両手で顔を覆い、悶えている。真弓さんは本当にこの手の話が好きだなあ。

「それで、雨月ちゃんはなんて返したんだい?」

 桜火が僕の方に意地悪な視線を向けてから、雨月に問いかけた。…桜火め…核心に触れるようなことは、ぼんやりさせておくくらいでいいんだよ…

 雨月がなんて返事をしていても僕は困ってしまう。付き合ってないのだから、もちろん付き合ってないと返したのだろうが、面と向かって否定されるのもなんだが残念な気がするし、かといって肯定的な発言を雨月がしていても、どんな顔をすればいいのか分からない。

「うーんとね、付き合ってないけど、今後どうなるかは分からないよって返しておいたよ」

 雨月が、桜火そっくりなウインクをしてみせた。いたずらっぽく、目をくりくりさせて。あー、なんなんだ。かわいすぎる。僕の顔の温度が徐々に上がっていく。だめだだめだ。舞い上がるな自分。冷静に、かっこよく、何事もなかったかのように振舞うんだ!!

「ひゅーひゅー雨月やっるぅ!十花に似て、その手の返しは上手だなあ!」

 真弓さんが鼻息を荒げて、雨月の背中を叩く。心なしか、口調が男性っぽくなっている。酔ってないのに…

「よかったじゃん、雪斗くん。可能性、見えてきたんじゃないー?いとこなら法律上も結婚できるしね」

「なっ…」

 桜火がそう言って肩をくんできた。耳元で何やら話してくる。結婚⁉何を言ってるんだ。

「雪斗、どうしたの?顔赤いよ」

 雨月がわざとらしく微笑んで見せた。今日はここにいる全員、僕の敵であるらしい。でも、わざとらしく、いたずらっぽく、無邪気に笑ってみせた雨月の顔に、不覚にも鼓動が早くなり、

「お茶!お茶組んでくる!!」

 僕はそう言って逃げるように台所へ駆け込んだ。

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