第17話 常磐色の強がり

「こんにちはー!お手伝いしに来ましたー」

 真弓さんのところから戻ってきて、本を読みながらうつらうつらしていると、玄関の方から快活な声がした。お腹いっぱいの状態で、なんの気兼ねもなく眠気に襲われる気持ちよさに身をゆだねていたところだったので、急な声に少し体がびくっとなった。

「おはよう。雨月」

 声の主は、雨月であった。時計を見ると、きっかり9時を指している。約束の時間をきっちり守るのはなんとも雨月らしい。

「おはよう。雪斗。今日はいっぱい働こうね」

 『にっ』と雨月が白い歯をのぞかせる。下がった目じりがなんともかわいらしい…休日に会う彼女は学校で会う時とは雰囲気が違って見えて、少し緊張する。小学校はいつも私服なので、私服が新鮮だというわけではないのだが。

「くもさんおはよー」

 靴を脱いだ雨月は僕の横を通り過ぎ、居間に向かっていった。もう勝手知った様子で、遠慮はない。僕はすれ違いざまに感じたほのかなシャンプーの香りにドキドキして、一歩出遅れてしまった。すぐに雨月を追いかける。

「おはよう。雨月ちゃん。じゃーん!見て見て、楽しそうでしょ」

 桜火が机の上の道具を誇らしげに見せる。折り紙、色鉛筆、マスキングテープ…雨月はそれらを一瞬で見渡し、目を輝かせた。

「これ、全部使っていいの⁉楽しみー‼」

 雨月はそう言って軽やかな様子で座る。かと思えば、

「あ、手洗ってくるの忘れた。手洗ってくる」

 と言って足早に洗面所へ消えていく。普段学校では、彼女はしっかり者なので、少し新鮮だ。うっかり何かを忘れることが、雨月にもあるんだな。そりゃそうか。僕は心の中で一人あわただしく思考を整理する。

「雨月ちゃん、今日もかわいいね」

 桜火が、いつものニヤニヤ顔で僕を見てきた。血縁のおじさんが言うセリフとしてそれはどうなんだ…などと思いつつも、僕は否定できなかった。


「はい、じゃあ二人とも傘は選んだことだし、ポップ作りを始めていこうか」

 桜火に促されるまま、僕たちは1人1本好きな傘を選んだ。僕は常磐色ときわいろの16本傘を選び、雨月は子供用の白地に水色のドットが入ったかわいらしい傘を選んだ。僕たちはこれから、この傘の魅力をはがきくらいの大きさの紙に表現していく。

「雪斗が選んだ傘、おじい…大人っぽいね」

 雨月、今なにを飲み込んだのかな?まさか『おじいちゃんみたいだね』と言おうとしたのではあるまいな…?

「雪斗くんの趣味はあんまり小学生っぽくないもんね、全体的に。考え方もやけに大人びてるところあるし、中身はおっさんなのかも」

 桜火が、全力で馬鹿にしてきた。『ププー』と右手で口元を押さえている。雨月もそんな桜火の後ろに隠れて笑いをかみ殺している。

 なんだよ、二人して。この深い緑が素敵じゃないか。松とか杉の葉っぱみたいで風情があるのに。…確かにおじいさんっぽいと言えばおじいさんっぽいが…

「う、雨月は逆に子供っぽいよね…!」

 僕は精一杯の強がりを見せてみる。雨月は一瞬目を丸くして、『プハッ』と吹き出した。

「ハハ、私は、自分がこの傘を使いたくて選んだわけじゃないよ。雪斗はその常磐色の傘を使いたいのかもしれないけど。小さい子が傘を持って歩いてるのかわいいじゃない。それが見たくてこの傘にしたの!」

 『ひーお腹痛い』と雨月は楽しそうに笑った。ひーひー言いながら笑っている雨月はかわいかったが、僕は恥ずかしくなって

「もう!早く始めようよ」

 と少しぶっきらぼうに言って、緑色のペンを手に取った。

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