第15話 淡く光る
真弓さんが作ってくれたスタンプカードは、お手伝い一回につきスタンプが一つたまるというものであった。スタンプは十花さんが趣味で作っている消しゴムハンコを使うとのことであった。桜火といい、真弓さんといい、十花さんといい、このお手伝い企画をとても楽しんでいるように見えた。大人が楽しそうにしていると、なんだか僕も楽しくなってくる。その日はもらったばかりのスタンプカードを、寝っ転がりながら光で透かしてみたりなんかもした。何かが浮かび上がるわけでも何でもないが、不思議と笑みがこぼれる。きっと、真弓さんの絵があまりにも下手なせいだ。そうこうしているうちに、その日はすぐに寝てしまった。
「おはよー…桜火、何してるの?」
まだ起きてくれない体を何とか動かし、階段で少しよろけながら居間へ向かうと、まだ朝の6時半だというのに桜火がなにやら作業をしていた。開け放した窓から、鳥の声が聞こえる。今日は晴れか。
「あ、雪斗くんおはよう。今日からさっそくお手伝いしてもらおうかと思って、準備してたんだ」
桜火が振り返る。机の上には、折り紙や色鉛筆、マスキングテープ、ペン、はさみ、のり…など、ポップを作る際に必要になりそうなものが一通り置いてあった。
「桜火の家にこんなかわいいマスキングテープとか折り紙なんてあったっけ」
「風花が買ってきてくれたんだよ」
…僕のお母さんも、このお手伝い企画を楽しんでいる者の一人か。一家をあげてのプロジェクトじゃないか。
「雨月ちゃんは9時ごろに来るってさ。それまでゆっくりしてていいよ」
桜火が壁に掛けた時計を見ながら言う。あと、2時間以上もあるねとつぶやいた。今日は土曜日なので、学校に行く必要はない。土曜日なんだからゆっくり寝ればいいのに、と真弓さんはよく言ってくるが、僕は毎日決まった時間に起きたいタイプなのだ。それは桜火も同じようで、休みだろうが仕事が大体同じ時間に起きてくる。
「そうなんだ、分かった。ところで桜火、準備してくれたのはありがたいんだけどさ、朝ごはんどこで食べるつもりなの?机の上、ものだらけで食べるところなさそうだけど」
僕の言葉に、桜火が『しまった』と頭を抱える。…何も考えてなかったのか…。これじゃあ用意周到なのか、行き当たりばったりなのか分からない。
「楽しみで、ついね」
桜火がたいしてかゆくもないであろう頭を掻く。いつもはこういう時おどけて見せる桜火だが、今日は本当に恥ずかしそうである。そんなに楽しみにしてたのか。
「これじゃあご飯食べれないから、真弓の店にでも行こうか」
桜火が提案してくる。真弓さんのパン屋では、朝7時から店内でパンを食べることができる。いわゆるモーニングというやつだ。現在の時刻は6時32分なので、今から顔を洗ったり、着替えたりしたらちょうどいい時間になるだろう。真弓さんは朝からの勤務が多いので、今日もきっともう働いていることだろう。いつも朝が早い分、真弓さんは休日になると、遅くまで起きてこない。ライフスタイルは人ぞれぞれだ。
「うん、そうしよう」
机の上のものを端によけようなどとは提案せずに、すんなり桜火の提案に乗ったのは、今日は朝ごはんを作るのがなんとなく面倒だったからである。桜火に料理は任せられない。
「今日はメロンパンが食べたい気分だな」
朝日に照らされて淡く光って見える机の上の物たちをぼんやりと眺めながら、僕はそんなことを考えていた。
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