第14話 変わり始める日常

 6月も、半分が過ぎようとしていた。雨月は変わらずクラスの人気を一身に集め、僕は相変わらず教室の隅で読書をするただのクラスの一員であり続けた。学校ではさして変わらない僕らの関係。ただ違うのは、放課後は2人で桜火の家に行くことが増えたことである。そして桜火の家にいる時の雨月は、教室にいる時よりも少し顔に影を落とすことが多かった。そんな時、僕は特筆して何かをするわけではなく、ただ空を見上げて雨を願うのであった。何も聞いてこない僕や桜火、真弓さんといることが、雨月にとっての救いであるような気がしていた。


「はいはいみんな集合ー。雨月ちゃん、雪斗くんこっちに来てー」

 雨月と僕が2階の僕の部屋で読書をしていると、階段の下から桜火の陽気な声がした。雨月と顔を見合わせて重い腰を上げる。一度床に座ってしまうと、立ち上がるのが面倒なんだよな。

「なになにー?なんか楽しいことでもあるの?」

 1階に降りると、桜火が何やら楽しそうにニヤニヤしていたので、雨月が聞く。すると桜火がその言葉を待ってましたとばかりに両手を広げて

「いいかね、君たち。今日から君たちには僕のお店の手伝いをしてもらいます!」

 と、なんの真似なのかよくわからない口調で発表してきた。これまた突拍子のない…どうしたんだ、急に。桜火の家に通うようになってからかれこれ4年くらい経つが、一度も手伝ってなんていわれたことないぞ。雨月だって、困惑して…

「え、なになにどういうこと⁉私がくもさんのお店のお手伝いして良いってこと⁉なにそれ、たのしそー!」

 いなかった。上半身を桜火の方に傾けて、全身で興味を示している。

「だよねだよね。楽しそうでしょ。雨月ちゃんわかってるぅ」

 桜火がそう言って雨月の脇腹を人差し指でつんつんする。雨月も負けじとやり返していた。…僕だけが置き去りであった。

「雪斗くんは興味ないのかなー。全然表情変えないじゃーん」

 桜火が今度は僕の脇腹をつんつんしてくる。

「や、やめ…くすぐったいだろ!」

 僕は我慢できずに一歩桜火から離れる。桜火が「つれなーい」と口をとがらせる。…むかつく顔してるなあ。

「業務内容は、おすすめの傘のポップを作ること、新しくできた傘にタグをつけること、お店のお掃除をすることでーす!」

 僕のことなど気にも留めず、桜火が話を進める。それに伴って雨月の目はさらにキラキラする。

「あ、もちろん、勉学に支障が出てはいけないので、あくまでお手伝いの範囲を越えないようにしますよ。せいぜい1日長くて1時間程度。毎日とはいわないし、僕が

頼んだ時だけでいいよ。労働基準法に抵触したらいやだからね」

 桜火はそう言ってウインクをする。…むかつく顔してるなあ。でも隣で嬉々として楽しそうな顔をする雨月を見ると、案外手伝いをするのも悪くない気がしてきた。桜火には日々お世話になっているし、何か恩返しをしなきゃいけないと思っていたのも事実だ。業務内容から察するに、小学生の僕たちでもできる内容、なおかつ楽しんでできそうなものを考えてくれたようである。それに、放課後に雨月と共同作業にいそしむなんて楽しそうじゃないか。

「特典として、このスタンプカードにスタンプが10個たまったら、私が焼いたお好きなパンをもれなく一つプレゼントします!」

 台所にいた真弓さんが、スタンプカードを持ってこっちにやってきた。手作りのスタンプカード。真弓さんの下手な…個性的なパンの絵が描いてある。

「あ、雪斗、今下手な絵って思ったんでしょ。顔に出てるわよ」

「いや、そんなことないよ、こ、個性的だなあって」

「いいのよ、ちょっとくらい抜けてる方がかわいいのよ、女の子は」

 …真弓さんは、女のなのだろうか。こんなことを言ったら今度こそぶっとばされそうなので黙っておくことにした。

 何やら楽しいことが起きそうであった。

 

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