第13話 大事な話はシチューを食べながらしよう3ー雲松桜火ー

「2人に店の手伝い…?」

 十花が僕の言葉を反復する。

「そう、店の手伝い。ちょうど梅雨時で忙しいし、ちょうどいいかなって」

 僕は風花と十花の顔を交互に見る。真弓は黙ってその様子を見ていた。やがて風花と十花は2人で顔を見合わせて、

「お願いします」

 と僕に頭を下げた。僕はあたふたする。こういう真面目な空気は苦手なんだ。

「そんな、改まって…」

「でも!一個条件があるわ」

 頭を上げてよ、と言おうとした僕の言葉を、風花が遮った。右手の人差し指を立てて、僕を見つめてくる。

「な、なに」

「雪斗ばかりに働いてもらうわけにはいかないから、土日の夕飯は私が作るわ。平日は忙しくて何もできないけど、土日の夕飯くらいは作れるからね。それくらいしかできないもの」

 風花が、「うん、名案」と満足そうな顔をする。そんな風花を見て、十花も口を開ける。

「待ってよ、私も何かしないと。私が土曜日、風花が日曜日に夕飯を作ることにしようよ。風花、土曜日も仕事ある日が多いんでしょう?そうしましょう」

 十花が、「うん、名案」と満足そうな顔をする。…さすが姉妹というべきか、一つ一つの仕草が似ている。僕は胸がいっぱいになる。何かいいことを思いついたとき、「うん、名案」と言って満足そうに微笑むのは、僕たちのお母さんのくせだったなあ。

「その『うん、名案』ってやつ、お母さんそっくりだよ」

「いつの間にか、移っちゃったわ」

「私もー」

 …数秒の沈黙が流れる。今は亡き、母の面影をふと思い出して少し胸が痛む。真弓も、気まずそうにスプーンをそっと置いて、両手を膝の上にのせる。時計の針の音が、近くに聞こえた。

「…僕ももう子供じゃないんだから、ご飯くらい自分で作れるんだからね。2人とも、無理しなくていいんだからね!」

「何言ってるの!桜ちゃんの料理は、桜ちゃんが思ってる以上にひどいんだから!どうせ、土日はまともなご飯食べてなかったんでしょ」

「うっ…」

 十花の言葉が思いっきり刺さる。図星であった。でも、これだけは言わせてもらおう。

「真弓がたまにご飯作りに来てくれるから、おいしいご飯は食べてます!」

 僕の言葉を聞いて、風花が絶句する。

「…お兄ちゃん、それ全然自慢できることじゃないからね。32歳にもなって幼馴染にご飯作ってもらうなんて、恥ずかしくて普通は言えないからね。真弓ちゃんもごめんねー大変でしょ」

「全然。慣れですよ、慣れ。すべてのことは慣れです」

 真弓が遠い目をする。これが悟りの境地というやつか。

「でも、十花と風花がまたこの家に来てくれるようになるのはうれしいかな」

 真弓がそっと僕の肩を叩く。「ね、桜火」と微笑みかけてくる。

「うん…うれしいよ」

 僕は急に恥ずかしくなってうつむいた。お母さん、またみんなでご飯を食べる日が来たよ。この家も、これからにぎやかになると思うよ。楽しみだね。僕は、居間の片隅にあるお母さんの仏壇の方に向かって微笑んだ。

「約束通り、十花も風花も僕が守るからね」

 仏壇に飾った花が、少し揺れたような気がした。

 

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