第8話 2人でババ抜きを

 いろいろとあって、やっと落ち着くことができたのは午後1時半ごろだった。

「雪斗くーん、雨月ちゃーん」

 桜火がなにやら楽しそうに駆け寄ってきた。

「トランプ見つけた。これで時間つぶしてなよ。僕は仕事があるし、真弓は徹夜明けで寝ちゃったしね」

 寝るなら部屋で寝ればいいのにね、と言って桜火が真弓さんの寝顔を見つめる。真弓さんは皿洗いが終わった瞬間

「きゅうけーーーい!」

 と言って居間の床に寝っ転がり、案の定そのまま眠ってしまった。うつ伏せで眠る真弓さんの顔にかかった柔らかい髪に、桜火は手を伸ばしてそっと耳にかけた。僕は、タオルケットを持ってきて真弓さんにかけてあげた。

「僕たちは上に行こうか、真弓さん起きちゃうと悪いしね」

「そうしよう」

 僕たちは足音を殺してゆっくり階段を上った。

「何する、何する」

 部屋に入るなり、雨月がそわそわして聞いてきた。目をキラキラさせて楽しそうだ。そんなにトランプが好きなのか。かわいい。

「ババ抜きしようか、あ、でも2人じゃつまんないか」

「いいよいいよババ抜きしよう」

 時間はたっぷりあるし、思いついたのからやっていこうということでババ抜きをすることになった。

「わ、雪斗、トランプ切るの早い」

 雨月が僕の手元を興味津々といった具合で凝視する。そ、そんなに見ないでくれ…緊張するじゃないか。

「あ、落としたー。見られて変に緊張したんでしょ」

 僕は盛大にカードを落とした。雨月が少し意地悪な顔で僕を見る。そうですよ、その通り。変に意識しましたよ。

「雨月のせいだよ」

「え、私⁉」

「うん」

「ゴメンナサーイ」

 こうやって話していると昨日のことが嘘のように感じる。今の雨月は、学校で見る雨月と変わらない。無理をしているようには見えないので、とりあえず安心する。


 …あ、ババあるじゃん…


 早速僕の手元にババが居座った。いつも思うが、憎たらしい顔だ。なんでこんな顔になったんだろう。もっとかわいらしいデザインにしてもよかったんじゃないか?

「ババって憎たらしい顔してるよね」

 雨月が僕の心を読み取ったかのように声をかけてきた。顔に『雪斗、ババ持ってるんでしょーにやにや』と書いてある。煽っているようなその顔は、ババとつりあえるくらいに憎たらしいぞ。

「今の雨月もババみたいだよ」

「え、何それ、ひどい!ババア⁉」

「バ・バ!ババアとはいってないよ」

「それでもひどいよー」

「はいはい、ごめんごめん。始めよう」

 一枚、一枚、また一枚。たんたんとカードを引き合う。揃ったり、揃わなかったり。ババが移動したり、移動しなかったり。一枚、一枚、また一枚。

「雪斗の好きな食べ物は?」

 しばらくして雨月が聞いてきた。目線は僕の手元。今は僕がババを持っているので、雨月はババを避けようと必死である。

「うーん、グラタンかな」

 雨月がババを引いた。一瞬しまったという顔をして平静を装う。わかりやすい。雨月はババ抜きに向いてないタイプだ。2人だからいいものの、大人数でやったらすぐにばれてしまうんだろうな。

「え、意外!もっとこう…おむすび!とかいいそうな顔してるのに」

「それほめてる?」

「ホメテルホメテル」

 好きな食べ物をおむすびと答えそうな顔ってどんな顔だよ、と思ったが言わなかった。僕にはクレヨンし〇ちゃんのまさおくんくらいしか思い浮かばなかったからだ。複雑な気持ちである。

「雨月は?」

 僕は聞きながら雨月の手元を見る。ババは避けたい。できれば2が欲しい。

「のっぺ!」

「え、のっぺ?もっとこう…パフェとかショートケーキとかいいそうなイメージなのに」

 のっぺとは新潟県の郷土料理である。里芋やニンジン、こんにゃく、かまぼこなどなどを煮たものだ。温かくてもおいしいが、冷やしてもおいしい。僕は冷えてる方が好きだ。

「雪斗の誕生日はいつ?」

 雨月が聞く。僕は雨月の手元からカードを引き抜きながら答える。

「6月1日」

「…昨日じゃん‼おめでとう。何もしてあげられなくてごめんー。てっきり冬生まれかと思ってたよ。だから」

「よく言われるよ。雨月の誕生日は?」

「1月21日」

「え、冬なの?6月あたりじゃなくて?なのに」

「私もよく言われる、それ」

 一緒だね、雨月はそう言って楽しそうに笑った。雨月はいつも何にでも楽しそうに笑う。笑った雨月を見るのは、うれしい。

「好きな季節は?」

 雨月が聞く。雨月の手に残るカードは残り一枚。僕の手元には、ババと2。

「梅雨!」

 僕は即答した。

「あ、でも梅雨って季節じゃない?まあいっか、梅雨と冬!雨、雪大歓迎!」

「本当⁉私も雨と雪大好き。傘をさすのってワクワクするよね。雨の日のにおいもいいよねー。あ、あがりだ!私の勝ち」

 僕の手に、憎たらしいババが残った。最後の一枚になったババは、やけにむなしく見える。邪険にしてごめんな。

「私たち、なんだか似ていますなあ」

「なんだよその口調」

「なんとなくだよ、なんとなく」

 白い歯をのぞかせて彼女が笑う。雨上がりの午後。

「雪斗くーん、雨月ちゃーん、三郎さんがパン届けてくれたよー」

「「はーい」」

 下から僕たちを呼ぶ声がした。

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