第7話 雨が上がったらみんなで食卓を囲んで

 そろそろお昼ということで、僕ら2人は2階から降りてきた。だしのいい香りが鼻を抜ける。

「あ、来た来た。今呼びに行こうと思ってたの」

 真弓さんがお味噌汁を運びながら言った。真弓さんはいつもの藤色のエプロンをつけている。誕生日に桜火が送ったものらしい。何年も使っているようだが、真弓さんが新しいエプロンを買う気配はない。お気に入りなのよと、いつだったか僕に耳打ちしてくれたことがある。

「あの…何かお手伝いすることはありますか?」

 雨月がすかさず声をかける。

「ありがとう。じゃあそこにある野菜炒めをお皿に盛ってくれる?」

「はい!」

「それと雪斗、雪斗はお茶を用意して」

「うん」

「桜火はご飯をよそって」

 真弓さんがてきぱきと指示を出す。お昼ご飯の用意はあっという間に整った。

「よし、それでは」

「「「「いただきます!」」」」

 今日の昼ご飯は野菜炒めとお味噌汁、そして漬物だ。これは僕のお母さんがつけたものである。お母さんは漬物を作るのが好きだ。昔からしょっぱいものが好きで、特に漬物が好きならしい。30歳にしてはなかなか渋い趣味である。

「おいしいーー」

 漬物を食べて雨月が、目をきゅっと細める。真っ白いご飯の上に載ったキュウリの漬物は格別だ。

「ほんと、風花の漬物はおいしいよね。そうだ、雪斗くん。さっき連絡があったけど、今日は5時に迎えに来るって。新しい漬物もって」

「またお母さん何かつけたのかよ!」

 思わず突っ込んでしまったが、僕はふと心配になった。雨月の親は迎えに来てくれるのだろうかと。僕のお母さんはいつも、迎えにこれそうかこれなそうか連絡をくれる。これなそうな日は自分で歩いて帰るのだ。今の様子を見ていると雨月の親からは連絡が着ていないようだった。

 そして1つ気になることがある。雨月は昨日、なぜここに来たのかということだ。気軽に聞くわけにもいかないが、気になる。気になるが、昨日の雨月の様子を思い出すとそっとしておいてあげた方がいいような気がする。

「あ、そうだ、雨月ちゃん」

 あれこれ考えている僕をよそに、桜火が雨月に話しかける。

「安心して。十花には僕が電話しておいたから。昨日のうちにね。風花と同じで5時には迎えに来るってさ」

 雨月がはっとして桜火の方を見る。安堵したかのような目をしたと思ったが、すぐに眉間にしわを寄せて複雑そうな顔をした。それでも雨月は一生懸命口角をあげて、桜火にお礼を言った。

「昨日、何があったの?」

 僕は思わず口にしてしまった。そしてすぐにしまったと思った。雨月の眉間のしわがさっきより濃くなったからだ。

「あ、ご、ごめん。無理に答えなくていいんだ」

 僕は焦る。雨月は何かを話そうとしたようだったがすぐにうつむいてしまった。

「話したくないことは話さなくたっていいんだ。雪斗くんも悪気があったわけじゃないよ」

 桜火が助け船を出してくれた。雨月の肩に手をのせて、大丈夫、と声をかける。

「…うん。今は話したくない。でも、大丈夫。大丈夫だから」

 雨月はうつむいたまま動かない。大丈夫だからこれ以上何も聞くなと言っているようであった。

「いいんだ。それでいいんだよ。でも雨月ちゃん、話したくなったらいつでも言うんだよ。いつでも言っていいんだよ。話したいときに、話したい人にいればいいさ」

 桜火が静かな声で言う。不思議だ。桜火の言葉は不思議と安心感がある。

「例えば僕ね!姉も妹も大好きな僕だから、雨月ちゃんのことだって大好きさ!受け止める準備はできてるよ!いつでも飛び込んでおいで!適任だと思うね!」

 前言撤回。桜火は先ほどとは打って変わって、自信に満ちた顔で両手を広げる。まるでミュージカルのようだ。雨月がびっくりして顔を上げる。そして桜火と目があったのか一瞬固まり、突然吹き出した。

「あー桜火ばっかりずるいじゃん!私だって雨月ちゃんの話聞きたいわよ。女同士気兼ねしなくていいしね」

 真弓さんが雨月にウインクをする。

「雪斗は、ちょっと頼りないかもね。雪斗には気が向いたらでいいわ」

「ちょっと真弓さんひどいー。ぼ、僕だって話聞くし!いつでもいつまでも聞くし!」

「雪斗くんむきになってるーー」

「うるさい!」

「わかった、わかったわ。みんなありがとう」

 雨月が笑いすぎて流れた涙を拭きながら答える。いつの間にかどんよりとした空気は消えていた。4人で食べるご飯はいつもよりにぎやかであたたかかった。

 

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