第6話 あなたの話を聞かせてほしい2
「えーと、僕にはまずお姉さんがいて、そのお姉さん、
桜火はなるべくわかりやすいようにと、語りかけるように話す。
「それで、とある事情があって僕たち兄弟、つまり僕と十花は、風花と兄弟になった。風花は雪斗くんのお母さんね」
一文ずつ確認するように、桜火は僕の目を見る。いつも桜火があっけらかんとしている分、真剣な顔をされると僕はどんな顔をしたらいいのか分からない。家族と真剣な話をするときはいつもどこか恥ずかしい。
「そして僕たちは大きくなって、風花は
「うん」
「雪斗くん、驚かないでほしいんだけど…十花と信の子供はここにいる、雨月ちゃんだよ」
僕は理解に苦しんだ。えーとつまり…僕と雨月は親戚…?いとこにあたるのか?
「「えーーーー!」」
戸惑いのあまり出た大声は、なぜか雨月と重なった。
「ま、待って。ちょっと待って。私と雪斗は親戚なの?」
「僕と雨月は血のつながってないいとこってこと?」
僕と雨月はいきなり告げられた真実に驚きを隠せない。
「うん」
僕たちの質問になんのためらいもなくうなずく桜火。
「「なんで教えてくれなかったの⁉」」
一番の問題はここだ。なぜ教えてくれなかったのか。雨月さえも知らなかったこの事実。いったいなぜ僕たちは知らずに生きてこれたのか。
「だって…風花と十花が言ってると思ったんだ」
…大きな勘違いだぞ。桜火。僕たちは何も知らなかったんだぞ。
「ちょっと待ってよ…」
僕はこの事実を受け入れるのに少々時間がかかりそうだ。雨月も腕を組んで考え込んでいる。
今まで僕にとって雨月は遠い存在だったんだ。キラキラした雨月と、冴えない僕。いつも笑顔で幸せそうで、眩しかった。5年生で雨月と同じクラスになってから、ずっと密かに気になっていた。ただそれだけの関係。それなのに、急にいとこだって?いやでも血がつながってないからほぼ他人なのか?でも桜火は僕と血がつながってないけど、本当の家族みたいに接してくれるじゃないか。じゃあやっぱり家族?でも、でも。問題はそこじゃなくて…
「どうすればいいんだ。これから」
「どうすればいいの?」
思わずつぶやいた不安が、雨月と重なる。重なったことで、雨月も同じ気持ちなのだとわかり少しホッとする。
「…雪斗」
雨月が心配そうに僕を見つめる。
「…何?」
「これからも友達というか、なんというか、仲良くしてくれる…?」
その眼にはうっすらと涙が浮かんでいて、僕の胸は痛む。その質問はつまり、今まで通り何事もなかったかもようにしてくれるかということだろうか。
「…うん」
僕はそういうことしかできなかった。今まで通りではいれないと思ったし、いたくないとも思った。
「そう…」
雨月はそう言ってうつむいた。雨月の顔は、影になってよく見えなかったが明らかに少し落ち込んでいるようだった。いきなりただのクラスメイトだと思っていたやつといとこだという話を聞いて、雨月も戸惑っている。それはわかる。戸惑いのなかで、僕と今まで通り仲良くできるのか不安に思ってくれた雨月の優しさもわかる。ここでいう雨月の仲良しが、たまに日常会話をする程度の仲の良さであったとしてもだ。不安をかき消すように僕に力強い肯定を求めた雨月の気持ちもわかる。僕のそっけない返事にきっと傷ついただろう。僕が気の利いたことを言えればよかった。でも僕にそんな余裕はない。とにかく時間が欲しい。
「ごめん、時間が欲しいんだ」
僕は重い口を開いた。雨月も小さくうなずいて、桜火と真弓さんと一緒に僕の部屋から出ていった。桜火と真弓さんは居間に、雨月は真弓さんの部屋にいるようだった。
僕は考えた。僕はこれからどうしたらいいのだろう。どうしたいのだろう。素直に、そしてすんなりといとこだと受け入れられないのはなぜだろう。雨月のことが気になってたから?親戚となれば好きになんてなれないから?いや、そうではない。憧れが、理想が壊れるのがいやだからだ。なんでもできて完璧、クラスの人気者。いつも幸せそうで、隙が無い。そんな雨月のイメージがそのままであってほしかったからだ。でも心の隅で仲良くなりたいとも思っていた。雨月がいるクラスの明るい輪の中に混ざってみたいとも思っていた。読書はもちろん楽しいが、読書だけで学校生活が薔薇色になるかといえばそうではない。
30分ほど考え、僕が一つの答えにたどり着いた時、僕の部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「雨月です。雪斗、少しいいかな」
扉越しの雨月の声は、たどたどしいながらも、はっきりとしていた。
「うん。入って」
扉が開く。雨月が僕の隣に座る。雨月が着ている服から僕と同じ香りがする。桜火お気に入りの柔軟剤。
「僕も今、雨月のところにいこうと思っていたんだ」
僕は隣に座った雨月の、膝の上で固く握られた手を見ながら言った。雨月は正座をしている。僕はさっきのまま胡坐だ。なんとなく背筋を伸ばしてみる。
「私、これからどうしたいのか考えたよ」
「うん」
「やっぱり雪斗と仲良くしたいと思った」
雨月がきっぱりという。
「でもそれは今まで通り、何事もなかったようにってことじゃなくて、そうじゃなくて」
雨月が息を吸う。
「これから、もっとお互いのこと知っていきたいってこと」
雨月が僕の方を見ていることが分かった。
「僕もそう思うよ」
僕も雨月の方を見ていう。目が合った。恥ずかしくてそらしてしまう。
「それしかないと思ったよ。雨月の話が聞きたいなって。親戚ならこれからずっと関わっていくことになるだろうし、まずは知ることから始めないとって」
僕は照れ隠しで少しこわばった声を出す。そんな僕を見て雨月が笑った。
「それじゃあ雪斗、まるで義務感から私の話聞こうとしてるみたいじゃない。私は、私が仲良くしたいから仲良くしてって言ってるのに」
「ち、ちが…雨月と仲良くなりたいとは前から思っていたんだ。桜火の話を聞いてこんがらがってたけど、よく考えればこんなチャンス滅多にないし…」
「それならいいけど」
雨月は嬉しそうに目を細める。いつもと変わらない彼女の笑顔にとても安心した。こうして、僕と雨月の距離は一気に3歩くらい縮まったのである。
「桜火、あなた風花と十花がこのこと話してると思ってたって言ってたけど、あれ嘘でしょ」
雪斗くんの部屋から居間に降りてくるなり、真弓がため息をついた。スラスラ嘘つくんだからいやになっちゃうと真弓は言葉を続けた。
「心外だな。話してると思ってたことは事実だよ。思ってたことはね。雪斗くんが5年生で雨月ちゃんと同じクラスになって、雨月ちゃんの話を聞くようになってから、あ、雪斗くんは知らないんだって気づいてたけどね。話の流れから、雨月ちゃんも知らなそうだなとも思ってたけど」
僕は冷蔵庫から作り置きのほうじ茶を出しながら言う。お茶を注ぐ音が、音だけが響く。
「それも仕方ないよね。雨月ちゃんは小学4年生の途中まで違う県に住んでたんだし、いとこはいるって知ってても、雪斗くんだと知らなくてもあんまり不思議ではないしね。ここ最近は十花も風花も自分のことで手いっぱいで、みんながそろう機会なんてなかったし」
僕は聞かれてもいないことをべらべらと話す。真弓がこっちを見ているのが背中越しでわかる。
「私が聞きたいのはそんなことじゃないよ、桜火。わかってるでしょ。ごまかさないで」
真弓が淡々という。怒ってるわけではないことはわかる。真弓は真剣なだけだ。
「雪斗も、雨月もすごく混乱してた。なんで知らないってわかっていながら教えてあげあかったの」
真弓が核心をついてくる。
「…誰にだって隠したいことの一つや二つあるだろう」
僕は振り返って言う。ほうじ茶を机の上に置いて、真弓にも座るように促す。ありがとうといって真弓がお茶を飲む。
「雪斗くんは気を遣うのが上手だから、僕たちの前では気丈にふるまっているけどね、ああ見えても彼自分の家族についてすごく悩んでるよ。まだ明が風花を殴ったあの日におびえたままだよ。そんな雪斗くんが心のよりどころにしていたのが雨月ちゃんだ。雪斗くんにあんまり自覚はないだろうけどね。彼女は完璧主義だから、雪斗くんはには眩しかっただろうよ。雪斗くんは雨月ちゃんに思いを寄せて、日常の中にちょっとした幸せを見つけてたんだよ。今はこのままでもいいかと思ってたんだ。このままでいいことにしておきたかったんだ」
矢継ぎ早に話してしまう。言葉が止まらない。真弓はじっと聞いてくれている。
「雨月ちゃんは雨月ちゃんで、完璧でいたいように見えた。下手に事実を言って、もし彼女の家庭の事情が雪斗くんに知られちゃったら、雨月ちゃんいやかなと思ってさ。悩みとか弱みを人に見せるのが下手な子なんだ。だから今回みたいに切羽詰まっちゃったんだろうけど。原因は大方想像がつくよ。あとで十花にちゃんと聞かないと。家庭の話っていうのは難しいよ」
「難しいわ、とても。風花も十花も、家族に迷惑かけたくないからって最近はあんまり連絡くれないしね。自分のことは自分でなんとかしなきゃって思ってるのね。でもきっと、みっともない姿を隠していたいのね。子供同士が下手につながって、自分の弱みを家族に知られたくないのね。大人って自分勝手だわ、私も含めてね。桜火が隠してるみたいだったから私も言わないでいたんだもん。なんで教えてあげなかったのなんて責められる立場じゃなかったわ。ごめんね」
真弓が遠い目をする。彼女も彼女で思うところがあるらしい。当たり前だ。僕たち家族とは長い付き合いなんだ。風花のことも、十花のこともよく知っている。
「そして桜火はいつも真ん中で悩み続けているのね」
真弓の言葉が耳に残って離れなかった。
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