メリオカートだっ!

たったっらたらー♪


時雨リオは陽気に鼻歌を歌いながら、PCの前の席に勢い良く座る。

そのまま背もたれにもたれかかって目をつぶれば、思い出されるのは昨日の自身の初配信の様子であった。

配信は初めてにしては割と順調に終わった、とリオは思う。そもそもVtuberで初配信、というのがかなり珍しい。多くのVtuberは既に他所で配信活動をしていて配信経験がある人たちだったりする、いわゆる前世持ちというやつだ。けれどもリオの場合は全くの初心者なので、いろいろと不安なことが多かった。

機材トラブル起きたらどうしよう。そもそも配信始まらなかったらどうしよう。PCぶっ壊したらどうしよう。

そんな不安にいつでも対応するためにスタッフさんが傍に待機してくれていたのだ。おかげで機械関係は何も気にすることは無かった。でもそれで不安要素が完全に取り除かれていたわけでは無かった。

いくらスタッフさんがいたとしても、自分のメンタルは自分でコントロールするしかなかった。

つまりは、リオは不安を感じていた。

配信には自分のありのままを、素の自分を曝け出そうと考えていたからである。良い恰好したところで絶対ばれるし、自然体な自分が一番好きになれる。

でも自分を曝け出した後には、その生身の自分を否定される未来も当然のように存在していた。リオはそれに怯えていたのだった。

しかし、いざ配信が始まればどうだったか。困惑するコメントこそ多少あったものの、概ね視聴者に楽しんでもらうことが出来た、と感じたし、リオは自分も楽しむことが出来た。リオの心配は杞憂に終わったのだ。リオは自分を受け入れてもらえたことに大きな喜びを感じた。

リオはそうして目を開けて姿勢を戻すと、今日も楽しくできればいいなと期待に胸を膨らませながら配信を開始した。

早速コメントが流れる。


:うほおっ(挨拶)

:うほおおお(挨拶)

:うほおほっ(うほおほっ)

:うほおーーほ!!(こんにちわ)

:うほおっおっおっ!!!(初見です)

:うほお!?


ゴリラがいっぱいいた。


「いや、なんでだよww」


リオは思わず笑い声を上げた。開始ゼロ秒でゴリラに包囲されるとは誰が予想できるだろうか。できまい。

配信画面の横にあるコメント欄では、今もたくさんのゴリラの鳴き声らしきコメントが流れている。また、それに時折混じる初見の人などの人語が、猿語とのコントラストを生み出してカオスな様相を見せていた。


「みんな、これはそういう挨拶ってことでいいのか? これでいいのか?」


:うほお(賛成)

:これはひどいwww

:うほお!

:動物園で草

:うほおっおっおっ(うほおっおっおっ)

:↑森へお帰り


「ああ、うん じゃあ好きにしてw」


:やったあ!!

:うほほほおっ

:バナナ美味しいいいいいぃぃぃ!!!

:うほおお(歓喜)

:おっおっおっ!!!!!


本来Vtuberと視聴者の間で共通の挨拶を決めるのがお決まりの流れとして存在する。

それは一種の遊びのようなものであるが、どこで道を踏み外してしまったのかリオの視聴者は猿の道を歩み始めたらしい。

無論、リオに異論はない。ゴリラは好きだ。握力馬鹿なところがポイント高い。

ということで、リオはコメントの流れに任せてゴリラの鳴き真似を配信の挨拶とすることにした。

楽しそうなコメント欄を見て、リオは満足そうに笑みを浮かべた。


「改めまして時雨リオだ よろしくっ!、、うほっ」


:うほっ!

:とってつけたようなウホで草

:語尾にしてもええんやで

:控えめゴリラ可愛い


「そのうち慣れるから! ・・・そういえば今日はゲームやろうかなって思ってるよ みんなに言ってなかったけど、私ゲーム結構好きなんだよね」


:コントローラー壊しそう

:スマプラとか強そう

:↑絶対ドンキー使うなぁww

:台パンしそうw


「あ~スマプラね、楽しいよね でも今日やるのは これ」


そう言うと、リオは用意してきたゲームを起動した。

すると、リオの配信画面には一面ゲームタイトルが映し出され、同時にゲーム内キャラのメリオによるやたら甲高い声のタイトルコールが行われる。


\メェェェェェリオカァァァートッッッ!!!!!/


「あ、やばっ」


:ふぁ!?

:うっさ!?

:でか!?

:鼓膜死ぬw


驚きのコメントが加速する。リオも驚いている。

予期せぬことに、スピーカーから音が割れるほどの轟音が繰り出されていた。ゲームの音量がでかすぎたのだ。初期設定を甘く見た罰である。しかし今日はスタッフはいない。リオはひとり、慌てふためく。

というかタイトルコールはまだ途中だ。\メェリオカァト/と来たら、\エーイト/と来るに相場が決まっている。そしてこのままいけばみんなの鼓膜が死ぬ。

リオは最悪な未来を一瞬の間に想定して、顔色を真っ青にしながら瞬時にマウスを動かしてゲームの音量を下げる。この間わずか0.5秒


(ええええぇぇいいいいいと)


音量バーを下げると同時に続きのタイトルコールが行われた。リオは咄嗟に音量を0にしていたので後半のタイトルコールは聞こえなかったが、そのおかげで視聴者の鼓膜は守られた。

リオは安堵の息を漏らした。


:死ぬかと思ったw

:音でかすぎて草

:反射神経◎警戒心×

:なんも聞こえんが~?

:↑鼓膜崩壊ニキ強く生きてw


「私、みんなを・・・守ったよ・・・」


:感動の最終回です

:名台詞みたいにすんなwww

:かっこよくて草

:音量を下げるだけで世界を救う女

:イケメンヴォイスあざす


リオは少しふざけた調子を見せながらも、内心では心臓がバクバクだった。視聴者に迷惑をかけることだけは絶対にしたくないと思っていた。


「ごめん、みんな いや本当に耳逝った人ごめんなさい」


申し訳なさそうに謝る。


:気にしてないよ~

:ミスはまれによくある

:本日の情けないボイスいただきましたあ!

:録音しましたあ!!

:有能


リオの誠意は視聴者にはなんだか別の角度で喜ばれるようだった。


「すまんw それじゃ気を取り直していくよ」


リオは流れるコメントに励まされ、気持ちを切り替えた。


「みんなもう気付いていると思うけど、今日やるのはメリオカート8だよ」


:でたあ タイプの違う様々なキャラから選択したキャラで、最大12人で一斉にコースを決められた週だけ走ってゴールを目指す、妨害だらけのはちゃめちゃレースゲームだ嗚呼ああああ

:解説兄貴サンキュ

:めちゃくちゃ早口で言ってそうw

:キャーホレチャウーキャー

:良いゲームのチョイスだ!


「それじゃあ早速キャラクター選ぶよ」


そう言ってキャラクター選択画面に進めば、たくさんのキャラクターが表示される。

プレイヤーはその中から一人、操作キャラを選ぶことが出来るのである。


:猿にしろ

:ドンキーコングおるやん

:うほおっ!!

:親戚がいますよ

:ゴリラ・・・リオ・・・ゴリオ!?


「悪いみんな 赤好きだからメリオにするわ」


:うきぃ・・・(悲しみ)

:さっきのデカ声の犯人じゃん

:声帯取ろう

:俺も全身真っ赤にしたらリオに好かれるってマジィ!?

:血だるま先輩は病院行ってw


リオはキャラを選び終えると、次にコースを選択した。対戦人数はぴったり12人集まり、対戦コースは山のステージに決まった。

ロード画面を挟んだ後で、画面は山のステージに切り替わる。それぞれのプレイヤーが操作するキャラクターが、スタート地点の前に一斉に並んで居た。


3・2・1 \GO/


画面に表示されたカウントを合図にプレイヤーは一斉にスタートする。


「おっしゃあああああ みんないくぞおおおおおお」


:!?

:おおおおおお

:リオ・・・兄貴?

:かっけえ

:戦じゃああああああ

:惚れる


リオは先ほどまでのテンションとは違って、画面の前でも身を乗り出して、威勢の良い声を張り上げながらスタートを切った。リオはゲームは上手でも下手でもないが、とにかく全力で楽しむことをモットーにしていた。

最初のプレイヤーが群がる団子状態を抜け出したところで、現在の順位は10位。後ろから2番目なので良い順位ではない。

リオは目の前に見えてきた、アイテムボックスをぶち破る。アイテムボックスはアイテムを手に入れられる箱で、手に入れられるアイテムはルーレットで選ばれる。


「良いの来い 良いの来いっ! 良いの来いっっ!!」


:必死過ぎて草ァ!

:命かけてんのかこいつ

:競艇場のおっちゃんじゃんwww

:賭 博 黙 示 録 リ オ

:アイテムを威圧する女


\スター/


「いえええええええすう」


リオは喉を震わせた。出たのは触れた相手プレイヤーを蹴散らす事のできるアイテムだった。


:それ勝った時のテンションだろwww

:ただスター出しただけだぞw

:ポケモンの鳴き声かな?

:これはギャラドス

:うちの猫が起きちゃったんですけども

↑おはようウホ!


リオは早速手に入れたアイテムを使うと、目の前を走っていたキノコのキャラに突撃しに行った。


「おりやああああああ」


:もうや〇ざじゃんw

:きのびお逃げてえええ

:これは怖い

:当たり屋かな?

:低い声好き


リオは車体を上手く当てて、キノビオを見事に吹き飛ばした。さらに何人かのキャラも跳ね飛ばし、順位を8位まであげた。

スターのアイテムが無くなったタイミングで、ちょうどよく見えてきたアイテムボックスを破る。出てきたのは狙って投げた相手に自動追従して当たる、赤い甲羅であった。


「おっしゃああああ」


:また武器を手に入れてしまったwww

:犠牲者が出るぞ

:目の前にいるのキノビオ先輩じゃんwww

:ま た お 前 か

:逃げろおお(歓喜)


先ほどスターで跳ねられたキノビオだったが、気付くと再びリオの前に躍り出ていた。

リオは手にした赤甲羅を躊躇せずにキノビオにぶつけた。


「ごめん、キノビオ 悪気はないんだ 転がる甲羅が悪いんだ」


:キノビオ不憫すぎるww

:投げたのお前だろwwww

:キノコに何の恨みがあるんだ・・・

:アレルギーかな?

:リオの前に立つのが悪い

:理不尽極まってて草


アイテムに恵まれたリオはそのまま順位を1位にまで押し上げると、安定した走りを見せた。そうして大きな変動のないままに、レースは残りコース1週となっていた。

現在、リオの手には緑甲羅が握られていた。緑甲羅は赤甲羅とは違って、相手を自動追従せず直線的に飛び壁に当たると跳ね返る性質を持つアイテムである。


「これ勝ったんじゃない?一位きたんじゃない!?」


:しっかりフラグを立てるな

:嫌な予感がする

:きましたねえ、2位が

:後ろ来てるぞ

:前、草だぞ


「あっ やば」


油断していたリオは車道横の茂みに突っ込んでしまった。すぐに車道に戻ったが、後ろから来たプレイヤーに抜かされ順位を3位に落としてしまった。


「ま、まだ、大丈夫だよ うん、大丈夫」


:フラグ回収ww

:あ ほ く さ

:声震えてるよ

:リオ今日もかっこいいよ

:甲羅当てろ


「よし 甲羅当てるわ」


リオはそう活きこんで2位のプレイヤーの背中に狙いを定めた。


「お゛らっ」


リオが気合と共に投げた緑甲羅は、しかしプレイヤーには当たらずに横に逸れた。

そしてそのまま壁に当たると反射して、リオ目掛けて飛んできた。


「うそお!? まってまってまっt ぐうっ!!」


リオの投げた甲羅は、見事にリオに命中した。


:自業自得ww

:バチが当たったんだろwww

:めちゃくちゃ情けない声で草

:アザラシを締め上げたような声で鳴くな

:ぐうっ←しゅき♡

:だーーいしゅき^^


「やばいやばいやばい 抜かされる抜かされる」


甲羅が当たり走れなくなっている間に、後ろから次々とプレイヤーがやってきてリオは6位に順位を落とした。

すぐさまアクセルを踏みなおすも、走り始めはスピードが遅く恰好の的になってしまう。


:後ろからキノビオが来てる

:光ってるぞあいつwww

:逃げてえええ

:スターだあああ


のろのろと走るリオの後ろに、スター状態のキノビオがぐんぐんと迫ってきてた。

リオは横に逸れて何とか逃げようとしたが、あっという間に距離を詰められてしっかりと跳ね飛ばされた。


「ぐへええっ」


カエルの潰れたような声を上げるリオだったが、更に運の悪いことに弾き飛ばされた先は崖になっており、リオは真っ逆さまに奈落へと落ちていく。


「なんでえええええ いやだああああああ」


:キノビオ先輩怒ってたねえwww

:断末魔で草

:死刑でも決まったのかwww

:因 果 応 報

:リオは芸人だったんだなって

:芸 人 ゴ リ ラ


奈落に落ちたリオの車は大幅な時間ロスと共に回収されて、コースに引き上げられた。現在の順位は11位。

せめてゴールはしようと、リオは再び車を走らせようとした。しかしそれは叶わなかった。


\サンダー/


リオの車体に誰かが使用したアイテム、サンダーが落とされた。サンダーを落とされたプレイヤーはすぐには動けないだけでなく、小さくなってしまうのである!


「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ と゛う゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛」


\パンパンパンパンパンパン/


リオはコントーラーから手を放し、咆哮を上げながら手で膝を激しくたたいた。


:カイジすぎるwwww

:もうぐっちゃぐっちゃだよ!

:お膝パンパン

:あぁ~!膝の音オ~!!

:恐竜みたいな声を出すなwwwww

:フルコンボだドンッ!!

:人 生 逆 転 ゲ ー ム

:ボコボコで草

:絶叫がプロwww


リオを襲った惨劇に、コメント欄はかつてない賑わいを見せた。

最終的にレースはリオ以外の他のメンバーがゴールしたことにより順位が確定し、リオがゴールすることさえ許されずに幕を閉じた。

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