ゴリラじゃないからっ!

もぐら王国

自己紹介だっ!

大手の動画サイトの画面の中で、一面の水色を背景にしてその中央に人間の姿が映し出されていた。

ソレは紺色の髪の毛をショートに切り揃え、睨むような、それでいて大きな黒色の瞳をもち、二次元特有の線のラインで鼻と口が描かれている。

一見すると少年のようにも見えるが、ソレは中性的な顔立ちをした少女である。

彼女は2次元の存在であり、そして今日デビューした新人ヴァーチャルユーチューバーでもあった。彼女の映る画面の横では、新人でありながら既にたくさんの視聴者による彼女を待つコメントが流れていた。


「みんな 初めまして 今日から活動していく天才美少女音楽家兼板前勇者系新人Vtuberの時雨リオです よろしくお願いします」


彼女は笑みを浮かべながら、時雨リオとしての第一声を発した。彼女の声に反応して、流れるコメントが加速する。


:声かわいい

:設定森過ぎかよww

:肩書デパートで草

:公式だと占い師になってるんですがそれは

:↑何にもあってないやんけ・・・


「皆さんコメントありがとうございます ・・・なんか肩書について言っているコメントがありますけど、占い師も間違いじゃないですよ 全部私の小さい頃になりたかった夢なんですよ 本当はもっとあるけど、スタッフが多すぎて書けないって言うんで じゃあ、占い師でってことで どうだ、すごいだろ」


リオは自信満々に言い放った。


:すごい(白目)

:(圧が)すごいです

:謎理論草

:急に言葉遣い変わったな

:声低くない?


「あ゛あ゛っ?」


:ひっ

:怖いい

:ちょっと興奮した

:や〇ざかな?

:ごりらやろ


流れるコメを見て、リオは口をあけて笑った。


「ごめん、面白そうだったからw でもこっちの方がしゃべりやすいし良いよね どうせ後からばれるけど、印象大事だからせめて最初は丁寧にいこうってスタッフが言ってたんだけど・・・あはははww」


:スタッフも若干諦めてて草

:声変わりRTAww

:女なのにイケボだぁ・・・

:これはこれでありだな

:結婚してください


リオは呑気に笑っていると横から視線を感じた。ちらりとそちらを見れば、静かに圧を発するスタッフと目が合った。


「ああ 微妙な表情してる!怒らないでください ごめんなさい!」


:録音した

:急に情けない声になるの草

:だがそれもいい

:結婚してください

:↑結婚してください

:↑いいですよ

:なんだこれ


「あ~やばかった 下手なこと言うと運営の地下牢に閉じ込められるからな・・・」


:ひぇっ

:やべえ企業だ・・・

:こっわ

:その発言は大丈夫なのかw?


「あ、また怖い顔してる!? 嘘です、嘘ですよ! 全く何にもない超真っ白な企業ですはい!」


:何にもないの草

:だめじゃねえかw

:絶妙な煽りww

:こ れ は ひ ど い

:まだできて浅い企業ではあるけどね


リオとしてこれでも真剣にフォローしたつもりなのだ。

しかしこの女、真正の口下手である。あとでスタッフにこってり叱られるのは別のお話。

リオは流れるコメントに笑みを浮かべながら、次の話題へと話を進める。


「とりあえず自己紹介の続きをやるよ 私のことは天才リオちゃんって呼んでくれればいいよ」


:おっすリオ

:おっす口下手

:おっすゴリラ


「んんっ えー、好きな食べ物はバナナ 趣味は運動すること 筋トレとかストレッチも好きかな あと、好きな言葉はポジティブとかかな」


:ガチゴリラなん?

:うほほっ!(好きです)

:うほおっ?(出身はどの森ですか?)


「いやゴリラじゃないから! ああ・・・でも、ゴリラのモノマネは得意だわ」


:やってよ

:これはもうやる流れ

:お前のゴリラ見せて見ろ

:ゴリラがVtuberになったと聞いて


「分かったやるよ、やる 元々やる気だったしね・・・いくよっ」




「うほおっ!!うほほほっ!!!うほっうほっ!!!!!うほーーほおーー!! うほおおおーーー!!!!」




リオはスピーカーを響かせて惜しみなくゴリラになった。バンバンと台を叩き、胸を叩くドラミングさえも再現してみせた。

その音声、まさにゴリラ!


:似すぎだろwwwww

:うるさすぎるww

:ドラミングで草

:あれ?なんか音消えたんだが

:鼓膜崩壊ニキ可愛い

:ドラミングってことは・・・ひんにゅ

:おっとそれ以上はいけない


リオの唐突なモノマネにコメント欄は加速した。リオは調子に乗って追撃をかける。


「うほおほおほおほお!!! ほっほーーほおーー!!!」


:おかわりやめてえwww

:追いゴリラきたああああwww

:死ぬうwwww

:腹筋が死ぬw


「とまあ、こんな感じウホね」


:いや残ってるなぁwww

:語尾にゴリラがいて草

:物真似すると段々ゴリラになってくタイプのやつ


これがリオの必殺技であった。

特に効果はない。相手は腹筋が爆発して死ぬ。

なぜリオがこんな芸当が出来るのか。動物園に通い詰めたからである。近所の動物園にいたムキムキゴリラに惚れて、通い妻の如く会いに行った。その結果知らず知らずのうちにゴリラの作法が身に着いた次第である。

ちなみにリオはゴリラ繋がりで別の猿もそこそこに好きである。

ということで、


「うーきい!!ききききっっ!!! うきいいっ!! うきいいいいいっ!!!」


:チンパンジーもできるのかよwww

:サル真似うますぎんだろww

:猿ガチ勢で草

:誰か止めろよwww

:すたっふうっ!


「失礼 先祖返りしちゃった」


チンパンジーもできる!まだ第二形態(オランウータン)、第三形態(シロテテナガザル)を残しているのは秘密である。

リオは猿真似に満足すると息を吐いて、一旦落ち着いた。ふとここで、マウスの横に置いておいた缶ビールの存在を思い出した。


「すまんけど、酒飲んでいい?」


:ええ(困惑)

:大丈夫なのか?

:初配信で飲酒・・・だと・・・

:サルにお酒に、初回特典多すぎませんかねえ


「心配ご無用 事前に許可は取ってあるのだ それじゃあ、みんなもお手元の缶ビールを用意していただいてぇぇぇかんぱ~い」


:かんぱ~い

:カルピスう!

:麦茶アッ!

:水ウッ!

:↑同志に乾杯

:今日10本目です

:アル中ニキもうやめとけ


リオはプルタブを引っ張り空気の抜ける甲高い音を鳴らす。そしてそのまま缶ビールに口をつけた状態で天井を向き、小気味よく喉を鳴らしながらまるで滝のようにして胃に酒を流し込んでいった。


「ぷはああ~~ うめええ~~」


:喉を鳴らす音が最高でした。まる。

:美味そうに飲むねえ

:まるで女っ気がなくて草

:リオはゴリラやから雌だぞ

:録音した

:言い値で買おう


リオは途中まで飲んだ缶ビールを再びマウスの横に置いた。


「やっぱり飲むと気合が入るんだよな~ってことで もう一個の特技をみんなに披露しちゃおうかな」


:どうせサル真似だろ

:むしろ猿が本体説ある

:次はどのお猿ですか?


「猿じゃないよ けん玉だよ」


:朗報 リオ、猿以外も出来た

:見えねえじゃねえかwww

:どうすんのこれw

:おじさんの金のたm{不適なコメントにより削除されました}

:セクハラは駄目だぞ


リオは事前にPCの横に置いてあったけん玉を手に取ると、PC前の椅子に座りながらけん玉の剣先に玉を入れようと奮闘し始めた。


「座ったままだとなかなか難しいな」


:木の音だけ聞こえてきて草

:これが噂のASMRですか

:どこ狙ってるんだ

:多分先っぽでしょ

:いや、お尻の方じゃろ

:いや横じゃよ


「ふふ、先っぽじゃよ」


:あああ外したああ

:外したので〇にます

:重すぎて草

:ゴリオ、けん玉握りつぶすなよ

:リオちゃんの立ち絵が半目で動かなくなってるww

:名誉よりもけん玉じゃよ!


リオは集中して玉を振るい続けたが、剣先に弾かれてばかりで一向に穴に入る気配がなかった。配信には玉が弾かれる乾いた音ばかりが響く。

リオはなかなか上手くいかないことに少し苛立って、玉を雑に振るった。すると剣先が玉の横に当たり、今までで一番大きく横に弾かれた。


「あっ やばっ」


リオは咄嗟に声を漏らした。玉の飛んでいく先には丁度、飲みかけの缶ビールが置かれていた。


カーンっ


伸ばした手もむなしく、玉は缶ビールを直撃して乾いた音を響かせる。玉に弾かれた缶ビールは、中の液体をまき散らしながら倒れた。


:どうした?

:なんぞ?

:いい音がしましたね

:缶ビールこぼした?

:いやまさか

:ドラミングが聞きたいです

:↑なんで今なんだよw


「ああ・・・ 缶ビールこぼしました え、マウスも壊れましたね・・・ あ、うん、えと、丁度いい時間だし、お開きにシヨウネ アハハ・・・」


:草

:草

:wwwww

:情けない声好き

:ギャップすこ

:けん玉ENDで草

:けん玉はもうこりごりお

:↑遺言はそれでいいか?


「じゃあ みんなまたな」


:またな!

:またな~

:ノシ

:楽しかったぞ~

:かっこいい声で草

:またな


配信を切り終えると、リオはスタッフにすごい勢いで頭を下げた。

リオがあまり勢いよく、それも首が取れそうな勢いで謝るので、スタッフはつい笑いながらけん玉を一発で成功させたら許すよ~っと提案した。そう言われたらリオは燃えないわけにはいかない。けん玉人生で一番集中して玉をふるった。


ていっ


シュ!


見事に成功した。


「見せたかったな~」


リオは静かに、つぶやいた。

視聴者に見えるわけないじゃないですか、と横でスタッフが笑っていた。

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