雑談だっ!
時雨リオは今日も今日とて配信をする。そのために、自らのNowTubeのチャンネルのページを開く。
リオのチャンネルの登録者数の増え方は最近、とても地味だ。
それでも自分を受け入れてくれる人が少しでも増えてくれているのかと思うと、リオは嬉しいばかりで地味だろうが全く気にならなかった。なんなら今の配信状態でもいろいろな人のコメントが見れて楽しいので、これ以上登録者数が増えなくてもいいんじゃないかとさえ思っていた。
だがそれでも、その数字を見た時リオは大層驚いた。
チャンネルを開くとまず表示される、チャンネル登録者数。
時雨リオのチャンネル登録者数は・・・3倍になっていた。
「ええええ!!???」
リオはPCの前で一人、絶叫した。見間違いかと思い、表示されているアイコンを確認した。
見覚えのある紺色のショートカットが大きい目で、睨むようにこちらを見つめている。
スタッフにはカラスみたいだねと評されるこの子。間違いなく時雨リオである。
「おもしれえ・・・(遠い目)」
リオは笑みを浮かべて、急いで配信を開始した。
:うほおっ!(挨拶)
:うほおお!
:うほ
:おはうほ
配信を始めると同時に、コメント欄では前回決めた挨拶が当たり前のように流れていた。
「よ、みんな!時雨リオだ! はいはいみんなうほうほ~ はい、うほうほ~」
:雑で草
:とってつけたようなウホウホ
:ウホウホを大事にしろ
:えせごりら
「ゴリラじゃないからっ! ていうかウホウホしてる場合じゃないんだよ チャンネル登録者数がめちゃくちゃ増えたんだよ!」
;バグじゃね?
:買ったんか
:間違えたんじゃね
:誰一人信用してなくて草
リオは楽しいことを視聴者と共有したい気持ちで、興奮しながら話す。
「本当だってば 見て? 見た? すごいだろっ!?」
:切り抜きだろうな
:あれか・・・
:切り抜き見ろ
:切り抜きからきました
コメント欄には切り抜きの文字がたくさん流れていた。切り抜きとは、Vtuberに限らず実況者などの名シーンを視聴者の誰かが、文字通りピンポイントで切り抜いて投稿した動画のことである。
「切り抜き? ちょっと待って調べてみる」
:サムネが目見開いてるやつ
:今にも襲い掛かってきそうなやつ
:がんぎまリオ
:圧を感じるサムネ
リオは水色の配信画面をNowTubeの画面に切り替えると、検索バーに「時雨リオ」の名前を打ち込んだ。
すると「時雨リオ」の横に予測候補が表示される。上から順に「ゴリラ」 「叫び声」 「けん玉」と続いていた。
:叫びながらけん玉するゴリラで草
:ゴリラショーじゃんwww
:直球ゴリラで草
:ほら泣けよ 鳴けよ
「これ大体みんなのせいだろっ!」
リオはとりあえず「時雨リオ」で検索をかけた。すると動画欄の上から三番目辺りに、先ほど視聴者が言っていたサムネっぽい動画を見つけた。
「時雨リオの生態・・・再生回数4万ッッ!?」
:ちなみにタグは動物だぞ
:これはひどいww
:また伸びてて草
:いつ見てもサムネが強い
リオは驚いて、声が裏返った。サムネの口と目を限界まで開いている時雨リオが、PC前の時雨リオを見つめていた。
内容はすこぶる気になる。しかし配信で流すのはよろしくない。
そこでリオは画面を水色の配信画面に戻し、手元のスマホで見てみることにした。
「みんなごめん ちょっと待ってて」
リオはそう言い残すと、視線をスマホに移し、イヤホンをつなげて動画を再生した。
動画の内容は、リオの初配信とメリオカートのプレイの様子を5分間にまとめたものだった。と言っても後半は、リオがひたすらに叫び声を上げているだけだったが。
「うわあ やっば・・・ うるさっ・・・」
リオは動画を見ながら自然と言葉を漏らしていた。ただ、リオはイヤホンをしていたので自分が声を出していることには全く気付いていなかった。
:自分にドン引きしてて草
:俺と同じリアクションしてるんだがww
:つぶやく声すこ
:時雨リオを見る時雨リオを見る視聴者
リオは動画を見終えると、少しくたびれた様子で再び配信画面に顔を向けた。そこにはリオのリアクションを楽しむコメントがたくさん流れていた。
「えっ 声漏れてた? 嘘お!」
:録音しました
:引いてたね
:漏れまくりだったぞ
:なんか汚い
:可愛い
「まじか・・・ というか何か疲れたよ」
:分かる
:分かるまーん
:ライフを吸い取る声
:化け物かな?
:ゴリラだよ
リオは自分の声と姿を見て、発表会を見ているような気分になって少し緊張したのだった。
「でも、この動画のおかげで人が増えたわけだ 嬉しいよな~、kuziraさん? かな、ありがとう!」
:さんきゅ
:あざす
:名前呼ばれてうらやましい
:クジラ兄貴ありがとう
:これは終身名誉クジラ
「それじゃあ・・・今日は雑談していこうかな」
リオは今日は雑談枠をすると決めていた。ゲームも好きだが、視聴者と会話するのも同じくらい好きだった。
:けん玉しろ
「しないよっ」
:メリカしろ
「しないよっ」
:腹筋しろ
リオは流れるコメントを流し見しながら、適当に読み上げていく。その中でも出来そうなものはやってみることにした。リオはPC前の椅子から、立ち上がると床に寝転がり腹筋を5回ほどした。視聴者には椅子の軋んだ甲高い音と、身体を腹筋で持ち上げた時の微かに漏れ出たリオの吐息だけが聞こえていた。
「したよ」
:全然わからなくて草
:なんでしたんだよwww
:なんでさせたんだよww
:筋トレ系Vtuber
「みんなもやってみなよ、やれよ 楽しいよ」
:やれよ(脅迫)
:脅迫で草
:筋トレを押し売りする女
:強い
リオは笑いながら、ふと視線をPCより横にずらして窓を見る。
季節は夏である。リオはクーラーを効かせた涼しい部屋にいるが、外では太陽の光が照り付けていて室内からでも暑さが容易に想像できた。
リ オ は ギ ャ グ を 思 い 付 い た。
「みんな、外見て 太陽がSunSunと輝いてるね なんつって」
:は?
:草
:でたあ、リオのくそ寒ギャグ
:涼しくしてくれて助かる
「夏はやっぱラムネだよな~」
:話題変えるの早くて草
:滑るまでが1セット
:慣れてるなww
:逃げるな
リオは棒読みで、すぐさま話題を変えた。頭の中には、幼少時代の懐かしい風景が浮かんでいた。
「子供の頃とかラムネのビー玉欲しかったんだけど、取れなくてさ~」
:分かる
:全然取れないよね
:子供の力じゃ難しいな
:懐かしい
「よくビンを叩き割ってたよね」
:!?
:分からない
:ねえよ
:やっぱりゴリラじゃねえかwww
:やば
「えっ しないの!? じゃあどうすんの?」
:大人に頼めや
:どうもしないが
:草
:ゴリラ界の常識持ち込むな
「そうなんだ・・・」
リオはあるあるだと思っていたために、少し驚いた。思い返せば、親に怒られた記憶があったかもしれないとうっすら思いだしたが、すぐに忘れた。
「でも炭酸って美味しいよね そういえばNowTuberってよくメントスコーラやってるよね 私もやってみようかな、酒とかで」
:酒メントスwww
:酒飲みたいだけだろww
:どうやって配信すんだよ
:結局酒よな
「あれさ、腹にメントスとコーラ入れたら爆発するのかな」
:怖すぎるww
:放送事故じゃん
:別に気持ち悪くなるだけだよ
:先駆者いて草
リオはVtuberだけでなく、NowTuberの動画もよく見ていたので、ずっと気になっていたのだった。
「そっか」
:残念だったな
:落ち込まないで
:爆発してほしかったのかww
:かあいい
「それじゃあペットボトル口にくわえて、メントス入れて、ペットボトルの飲み口から噴き出したコーラでマーライオン実況するわ」
:じゃあとはwwww
:どうしてそうなったwww
:意味分からん
:鬼才過ぎるwwww
:何が面白いんだそれww
「けん玉もするよ」
:カオスかよww
:草
:何の儀式ですか
:やばいww
リオは特技のけん玉を初回の配信で披露していたのだが、結局、技を決められないまま終わってしまっていた。
そのために、いつかリベンジの配信をする野望を密かに燃やしていた。
「小さいころはラムネとか駄菓子屋で買ってたけど今、ほとんどないよね」
:せやな
:悲しいよね
:近所の潰れた
:うちにこい
「え? puroさん、うちにこいって本当に? 本当に実家、駄菓子屋なの?」
:嘘です
「嘘じゃねえか!」
:騙されてて草
:美しいツッコミwww
:即落ち2コマ
:これは草
見事な突っ込みを見せたリオは、コメントの中で気になるものを見つけた。
「好きな食べ物とかある?」
リオには好きな食べ物がたくさんある。甘いものもしょっぱいものも。ただ最近はまっているものがあった。
「好きな食べ物か~ 辛いラーメンとか好きかな」
:鳥取に来い
誰かが言った。
「へえ~ 鳥取に辛いラーメンあるんだ~ 今度行こうかな」
:あ
:puroだぞ
:puro
:puro兄貴で草
「え?」
リオはコメント欄を注視する。
:嘘です
「puroじゃねえか!」
またpuroに騙された。
:草
:puroは二度刺す
:リオ一本釣りww
:purowww
「ああ、でも 旅行配信も楽しそうだよね ヴァーチャル関係なしに普通に配信するやつ まあ、金ないから無理だけどw」
:泣くな
:スパチャ投げたい
:早く有名になってくれ
:でも有名になってほしくない
:分かる
:コラボしろ
スパチャとは視聴者が、配信者にお金を投げられるシステムであった。有名配信者はそれでかなりの額を稼いでいたりする(ほとんど会社に吸い取られるが)
いずれにしてもリオには金がないことは事実だった。ただリオは、配信は楽しめればいいというスタンスなので、実はさほど興味もなかったりもする。
「コラボとか楽しそうだよね 同期の夢野雫さんとかに頼んでみようかな」
:やめろおおお
:雫ちゃんが困る未来がミエル・・・ミエル・・・
:近づくな
:逆におもしろそう
:阿鼻叫喚で草
夢野雫とは時雨リオと同時期にデビューしたVtuberで、時雨リオの数少ない同期の一人であった。
またそのキャラクターは非常にかわいらしく、視聴者の間では癒し系として専ら大人気であった。
「あとは、同期で言うと、ああ・・・駿河武士さん・・・かな」
:うわでた侍
:あの侍、同期かよww
:出たリアクション芸人www
:リオの仲間じゃん
:動画見たことある?
「動画見たこともあるよ あの、この前の壺配信で落ちるたびにめちゃくちゃ叫んでたよねww」
:でたww
:壺が本体だぞ
:リオといい勝負
:芸人コラボええやん
コメント欄は駿河武士の名前でにわかに賑わった。駿河武士はとにかくリアクションが大きく、イライラゲーム界隈の実力者である通称「壺」と呼ばれるゲームを実況しながら
ひたすら叫んでいた。見た目が侍のことから視聴者からは大体、侍と呼ばれていた。
「あんまり気が乗らないけど、連絡してみようか」
そう言うとリオは、駿河武士に連絡をかけた。何回かのコール音の後に「おうっ」という威勢のいい声が聞こえた。
「駿河武士さんですか」
「いかにも某があああああ、江戸のおおお大剣豪と呼ばれた男おおおおお、駿河武士だああああ」
ほら来た。
リオの声に反応して、駿河武士は大きくわざとらしい声で口上を読み上げた。鼓膜を揺らす不快な音にリオは顔をしかめた。リオは素早く音量注意の文字を画面に表示した。
\音量注意/
リオは息を吸い込む。
「時雨リオですうううう」
:うるせえええwwww
:奇跡の邂逅
:出落ちで草
:対抗すんなwww
:怪 獣 バ ト ル
同じくらいでかい声量で駿河武士に張り合った。
「うるさいんじゃあああ」
「それはおまえじゃあああああ」
:同 族 嫌 悪
:仲良くしろよwww
:音量注意サンキュ
:もうケンカしてて草
二人は通話越しにいがみ合った。リオは少し前の記憶を思いだす。実は駿河武士本人とは、デビュー前に既に事務所で顔を合わせていた。その際に如何に侍が素晴らしいかを、やたらでかい声で力説してきたので、興味ないとばっさり切り捨ててたらいつの間にかケンカになっていたのだ。
「なんなんだ時雨リオ」
「あ、今配信中です」
「某もだあああああ」
「やめろそれえええ!」
:叫ばないと喋れないのかwww
:こいつら戦ってんのかww
:ゴリラvs武士
:コントで草
リオは既に身体が疲れているのを感じていた。
しかしコラボの約束を取り付けない限り、通話を切るわけにはいかなかった。
「それで何の用だ」
「いや、今度コラボできないかなって」
「よいぞよいぞ 是非ともコラボをsぶわああああああああ」
「何でだよ!!」
「拙者、落ちたで候! 拙者、落ちたで候! 拙者は早漏!」
「何言ってんだあんたっ!!」
駿河武士は話をしている最中にも、壺のゲーム配信をやっていた。唐突な叫び声はせっかく上り詰めた山から、落ちた事によるものだった。
:配信で壺やってるぞ
:さすが壺おじさん
:イライラしてんねえwww
:せっかく昇れたのに落ちてったww
「すまぬ それで日付は? 時刻は? いつにするか? 丑の刻にでもしておくか?」
「いつだよそれ!」
「虎の刻にするか?」
「だからいつだか分かんねーよ!」
「ね? 子の刻にするのか?」
「言ってないよ!!」
:草
:もうだめだwww
:何を見せられてるんだwwww
:どうすんだこれww
駿河武士は、持ち前の天然を発揮して場を混乱に陥れた。リオは頭を抱えた。
『いつも大きな声出してるから聞こえないんだろ、バカ侍!』という言葉を何とか飲み込んだ。
「いつも大きな声出してるから聞こえないんだろ、バカ侍!」
出てしまった。
:草
:直球で草
:ケンカやめろってwww
:これは仕方がないwww
「何い!? 馬鹿だと! 貴様こそ古き良き侍の良さが分からぬ愚か者だろうが いいか侍の起源というのはだな・・・」
「もういいから!」
「特にこの甲冑がまtぶわああああああああ」
「またかよ! 切るよ! 切るからね!」
「13日の夜9時にしようぞ」
「聞こえてたのかよ!!!」
「かっかっかっk」
武士の乾いた笑い声を無視して、リオは通話を強制的に切った。荒い息をつきながら画面を見れば、コメント欄ではすごい速度で草が生えまくっている。
リオと武士のコラボが決まった。
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